人間ロケット
マルチェリテは諦めたように深い深いため息をつく。どのみちリスクを冒さなければ全滅だ。
ベルキドアが右手のサーベルを納刀しつつ、吉仲に近づく。
「仕方ありませんね……吉中さん」
「え?――わ!」
吉中の体が、ベルキドアにヒョイと持ち上げられた。
右手で小脇に抱える形だ。自分より圧倒的な力で持ち上げられる感覚に、吉仲は本能的に怖くなる。
「……ま、マジで?」
吉仲は持ち上げられた瞬間にフェルシェイルの意図を理解した。
このまま、人間ロケットの要領でリッチに突っ込む。
持ち上げられた時に感じた恐怖は、一気に様々な色を帯びる。しかし、ベルキドアにしっかり固定された身体は脱けそうになく、吉仲は不安げに全員の顔を見回すだけだ。
そして、どうやら全員が本気のようだった。
「鞄、落とさないようにねぇ。さっきみたいに盾にもできるはずだからぁ」
ナーサが吉仲の肩に引っかかったままの鞄を結び、吉仲の左手に持たせた。
密閉の魔法がかかっている鞄は、外界からの干渉を完全に防ぐ無敵の盾としても機能する。
諦め顔のマルチェリテが黒い布をマントのようにベルキドアにつける。
準備が終わったベルキドアが前に踏み出し、フェルシェイルより前に立った。
「フェルさん……気をつけてくださいね」
赤熱化したフェルシェイルが、さらに熱を放つ。
「それ、誰に言ってんのよ?――行くわよ!吉仲!」
「え?ちょっ、心のじゅんっ――」
吉仲の身体がさっきの爆発と負けず劣らぬ衝撃とともに、急激な加速を感じた。
フェルシェイルがベルキドアの背中に炎の塊をぶつけたのだ。
「――びぃぃぃいいいい!」
「はぁぁぁあああ!」
フェルシェイルの両手から噴出する炎が爆発的な推進力を生み出し、吉仲とベルキドアが高々と宙に舞う。
マルチェリテの傑作だけあって、ベルキドアの身体は爆発の衝撃に揺るぎもしない。
またフェルシェイルの炎の操作とナーサの火除けの布のおかげで延焼の問題もないようだ。
吉仲自身、布越しに熱を感じるが、熱いというほどでもない。
「吉仲!」
リヨリの叫びが聞こえる。
吉仲の眼前に、リッチが迫りくる。最初の衝撃で思わず手放しそうになった銀の棒と鞄を握り直す。
リッチは最初こそ吉仲達の動きに戸惑ったようだが、今は手ぐすねを引いて待ち受けているようだ。
面倒なく獲物が戻ってきてくれる。あとは邪魔な付属品を外すだけだ。
近付いてきたところを見計らい、左手をかざし、ごく小さな圧空穿を放つ。しかしベルキドアは、左手のサーベルで難なくいなした。
今度は連射する。
機関銃のように左手から放たれる大量の圧空穿もまた、ベルキドアの剣捌きに迎撃される。
リッチは苛立った。獲物がいると、狙いにくい。
少しだけ力を溜め、大きな圧空穿、あるいはごく小さな圧空潰とも言うべき空気の塊を振り上げた。
空気の槌で、ベルキドアだけを破壊するつもりだ。
剣で迎撃するには大きく、空中ではかわしようがない。
<壊れロッ!>
だが、空中で身動きが取れないはずのベルキドアは、身を翻すと右手に大きく飛び、振り下ろされる空気の槌をすんでのところでかわした。
<ッ!?>
ベルキドアがいた空中から炎が噴出し、リッチに襲いかかる。
「アタシを忘れんじゃないわよっ!」
フェルシェイルが、左手で炎を飛ばしたのだ。
マルチェリテの特別な命令がない限り、ベルキドアは身の回りの熱源を察知し、そこから身をかわすように動く。
また、右手で放つ炎でベルキドアにかかる力の向きを変えたこともあり、空中での機敏な方向転換ができたのだ。
リッチは咄嗟に右手で、防御力場を張り炎の柱を防ぐ。
「うわっ!」
ベルキドアが吉仲を投げた。
空中を飛ぶ吉仲の目の前の炎は飛び込む寸前で消滅し、防御力場もまた消える。
手を伸ばせば、リッチの右腕だ。渾身の力で、銀の棒を叩きつける。
銀の棒はおたまで魔法道具に触れた時と同様に呑み込まれ、上腕骨に突き立った。
あとは、これを暴走させるだけだ。
「やった!……あっ」
しかし、吉仲は自身の勢いを完全には殺しきれず、再び空中に投げ出される。




