脱出
「――はああああああぁぁぁ!」
炎の壁を上空に向けるフェルシェイルが、精神を集中させる。
力を放ちながらも昨日の感覚を思い出す。両腕から放つ炎の壁はそのままに、身体の奥底から炎を湧き立たせるイメージ。
気合の呼吸を、なんとか全身に行き渡らせる。
空気の壁で押される感覚で、腕が痺れてくる。だが、ここで踏ん張らないと全滅だ。
手足に力を込めるが、体内の炎を燃やしきるには酸素が足りず、フェルシェイルはあえぎあえぎの呼吸となった。
それでも、燃え盛る意志は身体の中に眠る生命力の炎を呼び起こす。
「……フェニ……クっシアっ……ヴァイタライザァっ!」
自分の中の炎を、すべて解き放つ感覚。フェルシェイルの身体が真紅の光を放つ。
一瞬、気球で浮かぶ時のような浮遊感。
「ああああああああああっ!!」
フェルシェイルから放たれる炎の壁が、膨れあがる。
空気の壁を呑み込み、取り込んで、一際大きくなりリッチを襲った。
<――ぬウッ>
猛火が、空中で燃え盛る。リッチに直撃したのだ。
フェルシェイルの叫びの残響が、フロアに残った。
炎に照らされ天井が見える。マルチェリテには、どう見ても四階層、三階層まで貫いているようにも見えた。
「はぁっ……はぁっ……」
赤熱化したフェルシェイルが荒く呼吸をする。
賦活の魔法で炎を強化しなければ押し負けるという咄嗟の判断が功を奏したが、彼女自身の細胞もまた無理矢理な賦活に悲鳴を上げているのが感じられる。
フェニクシア=ヴァイタライザを解除したら、反動ですぐに動けなくなるだろう。苦しくても解くわけにはいかない。
炎が収まり、煙も晴れていく。
リッチの左手の前に、半透明の青いハニカム構造が浮かんでいた。
咄嗟に防御力場を張り、炎を防いだようだ。吉仲も無傷。だがローブの裾や腰椎までは防ぎきれなかったのか、黒く煤けている。
「そんなこったろうと……思ったわよ……」
ぜいぜいと息をするフェルシェイルが、再び炎の翼をまとう。
ナーサと吉仲が動けない以上、リヨリとマルチェリテを守れるのは自分だけだ。
<ここまでとハ……欲しイ……欲しイゾ、フェニックス!>
リッチの気が吉仲から逸れる。
その隙を吉仲は見逃さなかった。右手の骨に赤い球を押し当て、全身の力で鞄で抑える。
必死に握りしめる橈骨に、手が飲み込まれた。魔力が通る感覚がする。
「行けるか!?」
鞄の下で、火薬が炸裂した。
<グヌッ!>
リッチの右手は突然の爆発の衝撃で緩み、吉仲が空中に投げ出される。
紐は握りしめていたが、鞄の中身のいくつかがパラパラとこぼれた。
「わっ!」
「吉仲!」
放心した状態で空を見ていたナーサが、リヨリの叫びと吉仲の落下に気づいた。
急ぎ鞄から道具を取り出し、頭から落下する吉仲に向けて力を放つ。
「吉ちゃん!」
吉仲は落下のスピードが緩やかに収まり、無事に着地できた。
そのまま、仲間たちの元へ走る。ワッと歓声があがる。
「……はぁ、驚いた……骨に触った時、おたまの力が使えたんだ……右腕に触れれば、まだ使えるかも」
吉仲は呼吸を整え、リッチに向かいあう。
リッチは、捕まえ損なった獲物に怒りを感じたのか、右手を握り締めていた。




