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おたまの正体

「な……なんだこれ!」


二度見して、吉仲が絶叫する。


たしかにおたまを握っていたはずの右手は、骨の手を握っている。吉仲と握手する形だ。


腕はガクガクと動き、吉仲をリッチの方へと引っ張ろうとしているようだ。


<返してもらおうカ……>


上腕の切断面からは黒い煙が噴き出し、リッチの方向へ飛んでいる。

リッチの右腕、ちょうど同じ位置の断面からは、それよりも黒く大きい粒子が吉仲の持つ骨の腕へと飛んでいる。


右腕同士が繋がろうとしている。誰の目にもそれは明らかだった。


「吉ちゃん!」「吉仲さん!」


緊迫したナーサとマルチェリテの声。

吉仲は離そうとするが、魔物の手が吉仲の手を握り締めたままだ。


咄嗟の判断でリヨリが山刀を骨の腕に振るい、フェルシェイルが巨大な火球、ベルキドアが魔法の矢をそれぞれ放つ。


だが、スケルトンとは異なり刃は弾かれた。見えない壁があるかのように、骨に届いてすらいない。

さらにリッチは迫り来る火球を左手で無造作にかき消し、矢を吹き飛ばす。


羽虫の反撃など意に介してすらいない。リッチの愉悦の瞳は吉仲に固定されている。


「そんな……」「吉仲!」


フェルシェイルが驚愕の声をあげる。リヨリは何度も何度も山刀を叩きつけるが、骨には傷一つ付かない。


「は……離せ!」


吉仲が左手で、右手をつかむ骨格を引きはがそうとする。しかし、骨は石のように硬く動かせない。

全身の力を込めて引っ張るが、自分の腕がちぎれそうな痛みが走るだけだ。


<さア……我が下二!>


リッチの腕から出る粒子が一際濃くなる。骨から出る粒子と交わり、一本の黒い筋が伸びた。


「わっ!」


吉仲の体が持ち上げられ、引っ張られる。落ちないよう思わず両手で骨の腕をつかむ形となった。


宙に浮くリッチの体に右腕が接合し、脈動する。

骨の腕は見る見る大きくなり、吉仲をつかむ。


リッチの右腕が結合し、リッチは完全な姿となった。


胴体をつかまれ宙吊りになった吉仲は、落とされないように必死に橈骨(とうこつ)にしがみつく。

さっきまで吉仲の腕と同じ大きさだったのに、今や骨の腕だけで吉仲の体と同じくらい大きさだ。


<……これダ!この魔力!貴様が使ったおかげデ!今カラルレリアと繋がっタ!さすがは我が英雄ダ!>


リッチが哄笑(こうしょう)する。

頭の中で鳴り響く絶叫は、重低音の爆音だ。マルチェリテが耳を押さえた。


黒い粒子が消え、リッチの右腕の骨に、無秩序にも見える赤い光のラインが浮き出る。

だが、それは確実に一定の幾何学的なパターンを描き出していた。


ナーサは唐突に理解した。


おたまは擬装で、本体はリッチの右腕。

あの形状は、吉仲の脳内から手に馴染む形状を取り出していただけだ。


そして意味をなさないはずのおたまの魔術式は、循環しているように見えた終端部でリッチ自身と繋がっていたのだ。


魔術式の発動も暴走も、全てリッチの力だ。


勝てない。魔力も、その扱いも圧倒的だ。


すべてを理解した瞬間、無力感が全身を襲う。鞄を探る手が力無くとまった。



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