魂と呪い
火の鳥の精紋が黄金に輝き、フェルシェイルの両腕が赤い光を放つ黄金の炎に燃える。
蘇生魔法と同じ要領で多少は飛ばせるが、黄金の炎は遠くには放てない。すぐには撃たず、様子をうかがう。
フェルシェイルが近づく黒い球体との間合いを測る間、ナーサは鞄をあさり、小さなぬいぐるみを取り出した。
荒い縫製でお世辞にもかわいいとは言えない、二本足で立つウサギを模している。
「ナーサ!?ぬいぐるみって……」
吉仲の驚きの言葉を無視し、真剣な表情のナーサが黒い球体にぬいぐるみを投げ入れる。
ナーサの近くまで来ていた黒い球体はぬいぐるみを飲み込み、一瞬縮み、ふくらみ、それから際限なく収縮しやがて消滅した。
同じタイミングで、フェルシェイルも黄金の炎を放つ。
赤く輝く黄金の炎に焼かれた黒い球体は、しばらく炎を吸い込むが、やがて膨れ上がり同じように消滅する。
「なんだってのよ……」
「魂を抜き去る呪法です。黒い球体に触れた瞬間、魂が奪われるーー蘇生も行える生命力の炎を呑み込ませて、身体に当たるより先に発動させました。……フェルさんがいなければ全滅でしたね」
驚くフェルシェイルの背に、マルチェリテが語りかける。努めて冷静な声を保っている。
彼女もリッチが現れることは、想像だにしていなかった。
不死者の魔術師が相手なら、フェルシェイルの生命力の炎が文字通りの生命線となるだろう。
「……ヤッちゃんも、これにやられたのねぇ」
ナーサも警戒を解かずにつぶやく。今のではっきりと分かった。
リヨリが驚きに目を見張り、リッチを睨む。父の仇は、こいつだったのだ。
ヤツキの死因は、魂を抜かれたこと。
魂とは生命の礎だ。
肉体と精神を協調し駆動するために必要不可欠なエネルギー源とも言える。人間が魔力を扱う際に放つオーラも大元をたどれば魂から放出されている。
魂の有無が、生き物と肉塊を隔てるのだ。
完全に失われると、急激に精神と肉体が衰弱し長くはもたない。
ナーサが投げたぬいぐるみは、魔力によって魂を擬装する呪詛除けの身代わり人形だ。
マルチェリテのように術の種類までは同定できなかったが、ヤツキの死因に思い至り、呪いであることに気付いたのだ。
呪いとは、あらゆる生命が持つ魂に働きかける魔術だ。
魂自体に変調を加える、あるいは魂を通して精神や肉体に不具合を生じさせる。
<……フェニックス……珍しイ……その魂、欲しイ……>
リッチは呪いが当たったかどうかなど問題にしていないらしい。振り返り、赤く輝く瞳でフェルシェイルを眺める。
その声音は相変わらず地の底から響くような声だったが、どこか悦びが混ざっている。
フェルシェイルはすぐさま黄金の炎を両腕にまとう。炎の羽根が舞った。
「よくも!父さんを!」
リヨリは山刀を抜くが、宙に浮く相手にどうしようもない。それでも、吠えずにはいられない。
<……そのオーラ……前に入って来タ……>
リッチの瞳である、眼窩の中の赤い光が少し上にずれ、リヨリを眺める。
<あア……あのくだらんはずれの親類カ……>
だが、すぐになんの感情もこもっていないつぶやきとなった。
リッチはすぐにフェルシェイルに視線を戻す。
それきり、リヨリへの興味は失われたようだ。
「……くだらん……ハズレ?」
リヨリは、一瞬意味がわからなかった。だが、すぐに、クジにはずれたのと同じ意味だと理解する。
目の前の魔物は父を殺しただけでなく、その父をはずれと言っている。
リヨリは激昂した。
「ちょっと!どういうことよ!」
<……うるさイ……>
リッチの手に魔術式が浮かぶ。四つ辻から、スケルトンが殺到する。




