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リッチとは

――リッチ。

古代魔法により不死者となった古の魔術師だ。


自らの人格、記憶、意思といった自我の構成要素を魔法式を用いて情報として記述、再現、保存し、死体に宿すことで不死者となる。だが、それは口で言うほど簡単ではない。


人間一人の持つ情報全てを、生前と変わらぬ状態で再現するのに必要な魔力は、ダンジョンを駆動する魔力とほとんど変わらない。

それだけの膨大な魔力を操り、一箇所に詰め込む魔力操作の技術が最初のハードルとなる。

できるのなら不死者とならずとも、大魔術師として歴史に名を残せるレベルだ。


また、自らを完全に情報化するには、通常は隠匿されている自らの内面や無意識の働きをも直視し、情報として精査し、魔術式に記述する作業を平然と行える強固な自我が必要となる。

もっとも、無意識は意識を保護するために隠されている。直視してまともな精神ではいられるわけがない。

それだけ強烈な自我を持つ人間は、一般的には狂人と呼ばれる。


さらにそうして自らの情報化を行った後、不死者となる大枠の仕組みはスケルトンと同じだ。

自らの意思を魔力に依存する情報思念体、実体を持たない人工的な精霊に変える点が異なる。


通常、魔力の作用で意思が芽生えた低級精霊は、ほとんどの場合、確固たる自我を持つには至らない。肉体から生じる欲求が存在しないためだ。

自我と呼べるほど強い意識が生じた高級な精霊も、ダンジョンの番人をしているノームのように何らかの使命や目的に殉じる。


欲求や目的意識という基盤がなければ、どんな存在も自己を保てない。欲求がなくなれば、消えるだけだ。


リッチとなった後、すなわち死後は肉体的な欲求、生存や生殖という目的は全て消滅する。


それでも自らを保ち続けるための欲望や目的が必要なのだ。

まして、数千年、数万年単位の時を全て捧げ尽くしてもなお足りないほどの強大な欲望や目的が。


歴史上有数の強大な魔力を操る能力、狂的で偏執的な確固たる自我、そして悠久の時を費やしても足りないほどの欲望や目的を持つ者のみがリッチとなれる。


「まさか……こんなところにいるわけがぁ……」


ナーサは驚嘆した。こんな小さなダンジョンにいていい魔物ではないはずだ。


実物を見るのはもちろん初めて、英雄譚の敵として出るような魔物だ。食べるとか食べないとか、そんな次元を超越している。


一瞬、驚きで放心したが、次の瞬間には我に返り、思考をフル回転させる。

厄介すぎる。なんとか逃げる方法を考えるべきだ。マルチェリテに目配せすると、同じ意見のようだ。


<……つい二……我ガ……宿願ガ……>


リッチはこちらの存在など意に介さず、ぶつぶつと呟き続けている。死者なのに、感動しているらしい。

爛々(らんらん)と燃える瞳は、みすみす獲物を逃す気はなさそうだ。



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