中心地
そこからしばらく、吉仲の記憶を頼りに五階層を見て回る。
細かい民家の路地など知らない所も多かった。人は自分の生活圏でも、地理を完全に把握しているわけではない。
だが、ある程度大きな通りや小路の繋がりに関しては、吉仲の知る限りあの街そのものと言っていい。
しばらく歩くと壁に行き当たり先には進めなかった、今は壁伝いに進んでいる。階段の類は見当たらない。
「吉ちゃんの住んでた街と同じ形状……いよいよ何かあるみたいねぇ」
ナーサの言葉に吉仲は戸惑う。いったい何があると言うのか。
だが、自然にこうなることはもはやありえない。確実に、何者かの意思が介在している。
二つ目の壁が見えてきた。最初は道を進んだ先にあった右手の壁、今回はそこから左手の壁だ。
最初の壁で想像がついた通り、広さはあるが矩形の部屋のようだ。その中に、吉仲が住んでいた街の一部が収まっている。
「こっちは……この壁の辺りに川が流れていて、川から先は隣の町だ」
吉仲は壁伝いに左右を見回す。正面も左右も後ろも牢屋に囲まれているが、その川の位置だと分かった。
ここでは壁の奥になるが、右手にもう少し進めば卒業した大学だ。自転車で通っていたこともあり、よく覚えている。
「なるほど。最初の壁は、せんろ、でしたっけ?それで塞がれているんでしたよね」
マルチェリテが考えつつ頷いた。
この世界には電車が無く、線路の概念は分からなかったが、とりあえず特別な乗り物のみが通れる馬車道のようなものということは伝わったらしい。
事情を知るナーサとマルチェリテは理解が早かったが、リヨリとフェルシェイルは未だに不思議そうな顔をしている。
吉仲は元の世界では川がある壁沿いを眺める。
線路がある壁とは反対側は、おそらく線路と距離を隔てて並行に走っている国道の位置に壁があろうことは想像がついた。
大体の認識として、線路と、川、そして国道の三つで区切られた街なのだ。
入り口の壁の方こそ何かで区切られているわけではないが、そっちは住宅地で吉仲も行くことは少ない。
そして、そのほぼ中心に、吉仲の縁の深い場所がある。
「フロアの中心に……行ってみないか?」
吉仲は壁に背を向け、部屋の中央を向く。
牢屋と牢屋の間の、よく知っている道があった。この道は途中から斜めに折れ曲がり、やがて“そこ”にたどり着く。
「いいけど、どうして?何が心当たりでもあるの?」
リヨリの言葉に吉仲が頷く。
このフロアが自分の住んでいた街の作りを模していて、その街に縁があるのが自分だけなら、間違いなくフロアの中心が目的地だと、吉仲は確信していた。
自分が何が知らない内に、大きな陰謀に巻き込まれているような、たとえようの無い恐怖と不安も感じる。
だが、このまま確かめることなく、逃げ帰るわけにはいかなかった。
吉仲の様子を見て、ナーサとマルチェリテも頷く。
「行こう」
――歩いて二十分ほどで、目的である中心地に近づく。
吉仲の想像通り、そこが中心だったらしい。
薄暗く殺風景だった牢屋は、近くにつれ徐々に明るくなり、形を変えていく。
青灰色で沈んだ監獄の風景は、近づくにつれ紫から赤になり、橙色を経て黄色の照明が煌々と輝く。
牢屋は途中で形を変えて、黒い壁と床石の廊下へと変わる。
一行は、慎重に進んだ。
「……え」
突如として、広間に出る。思いもよらぬ光景に、吉仲の声がもれた。
廊下と同じ黒い壁と床石で構成された広間だ。
広間から四方向に伸びた四つ辻に明かりが灯り、暗闇に浮かぶ十字架のようだ。その一端から入ってきたようだ。
そして広間、四つ辻の中心に祭壇がある。
真ん中から横一文字に切り取られたピラミッドのような、台形の祭壇だ。
中央には、髑髏がうず高く積もっている。
四隅に黄色い光球が配置され、それがメインの照明となっている。そして、それらの様子が祭壇だと直覚させたのだ。
祭壇はそれなりに広く、高い。広間は天井も高くなっているようだ。天井は暗く沈み見えない。
「これは……」
祭壇の白い床石と同じ階段からつながった建物は、廃墟となっていた。
吉仲に縁の深い建物。廃墟となる前を示す物は何もなくひっそりとたたずんでいる。
吉仲が最期を迎えた場所。バイト先の牛丼屋だった建物だ。




