四階層解放
誰もいない村は、ゴーストタウンさながらだった。
村の老人達がいないことは知っていても、時折響く鳥の声と風の音以外音のしない村は不気味に感じる。
それまで生活していた人間が突如としていなくなり、その跡のみが残されているような印象。
特に、この村で生まれ育ったリヨリにとっては、その印象は不吉ですらあった。
だが、誰も不安は口に出そうとはせず、ダンジョンの入り口にまっすぐ向かう。土壁の階段を越えて、ポータルに入る。
「リヨリ」
子供のような声が聞こえる。半透明のオレンジ色をした、小人が姿を現した。ダンジョンの番人、ノームだ。
「あ、久しぶり。えーと……」
リヨリは何から話すべきかを考える。思い返せば彼らもヤツキの死は知らなかった。
だが、カチから聞いた話から何か手がかりは分かるかもしれない。
「リヨリさん。まずは、自己紹介させてもらえますか?」
考えを巡らせるリヨリに優しく微笑み、マルチェリテが前に立つ。
リヨリの紹介もあり、ノームはマルチェリテの存在をすぐに認め、ダンジョンに入ることを許可する。
それからリヨリは、うまくかいつまむことができず、カチから聞いた説明を最初から最後までする。
そのヤツキの死の原因を聞いた彼らの動揺は大きな物だった。
いつの間にか現れた五体全員が、身体を激しく揺らめかせている。
色も普段のオレンジと警戒色の赤が交互に行き来する。視覚的に不安定なことが見て取れた。
ダンジョンの番人は、許可なく入ってくる存在を防ぐ役目だ。そして同時に、認められた存在以外がダンジョンの外から出ることも禁じる役目も持つ。
外界とダンジョンの境界が無くなれば、どんな危険が起こるかも分からない。
ヤツキが最後に慌てて出て行った時のことは覚えていたが、彼らはそれが魔法の効果による物だとは思わなかった。
魔法であれば、彼らにも魔力を感知できただろう。
「……とすれば、毒かしらぁ?」
「起動時以外は魔力が介在しない、何か呪いのような効果という可能性も考えられますね」
ナーサがマルチェリテと相談する。
ノームの情報は、ヤツキの身体そのものに異変が起きたことを示唆している。
だが、いくつかノームとも確認するが、埒が明かなさそうなことはすぐに分かった。
諦めて、ダンジョンを進む。
フェルシェイルがいるおかげで魔除けの鈴を使うまでもなく、四階層の階段まで難なく進めた。
目の前には一ヶ月前に諦めた重厚な鉄の檻。
鍵を持つリヨリを先頭に、ナーサ、吉仲、フェルシェイル、マルチェリテと、マルチェリテの人形・ベルキドアが続く。
「……じゃあ、開けるよ」
リヨリがゆっくりとさしこみ、回す。
鍵を回す時は力が必要だったが、ゆっくりと開いた。重みから金属がこすれる鈍い音が響く。
檻の先はすぐ四階層だ。
大きめの広間となっていて、そこから放射状に五本の廊下が広がっている。
恐る恐る降りると、すぐに音が聞こえた。
リヨリが四階に降り立ったと同時に、カツンカツンと、足音が響き渡ったのだ。
何かが、ゆっくりと近づいてくる。急いで全員が階段から、下の階に降りて警戒する。
二足歩行だ。だが、トカゲの足音とは異なっている。靴の音のようだ。
動きはゆっくりだが、こちらに向かい確実に近づいてくる。誰もが緊張した面持ちで音のする方を見た。
遠くの暗がりから、少しずつ姿を現す。くすんだ灰色の細い脚が、ついで全身が姿を表す。
「あっ……」
吉仲は驚くが、リヨリとフェルシェイルは渋い顔だ。ナーサとマルチェリテは警戒を解かない。
厄介な魔物だった。
もし今回食材を求めて来ていたとしたら、これ以上無いほど最悪の魔物と言って過言ではない。まさしく絶望的だ。
その魔物には、可食部が無いのだ。
スケルトンがケタケタと、笑うように顎を動かした。