装備と準備
気球はフェルシェイルが来た時と同様、店の前の草原に降り立った。
同じ姿勢で二時間近く立っていた吉仲は全身がバキバキで降りるのにも難渋し、他のみんなも大なり小なり似たような状態だった。
留守にしていたリストランテ・フラジュで小休止を取る。
特に身体が固まっていた吉仲とナーサは、ゆっくりと身体を動かし、元の状態に戻そうとする。
一方、吉仲達に比べれば早くに治ったリヨリとフェルシェイルは蔵から食材を持ってきて朝食を作り、マルチェリテは店の隅でスーツケースを開き、何やらゴソゴソと作業をしていた。
リヨリとフェルシェイルが作った朝食を食べ、今日の計画を立てる。
やることは二つ、四階層の確認と、五階層に潜むヤツキの仇の魔物の撃破だ。
魔物が四階層にまで上がっていなければ、四階層は問題ないだろう。だが、退路を確実にするために隅々まで見ておくことにした。
魔物と遭遇し、ナーサかマルチェリテが危険と判断したらすぐに撤退すること。
食材にするかはこだわりすぎないこと。
リヨリはあまり前に出ないことなどがナーサの口から、主にリヨリに念押しする形で語られる。
準備としてナーサが吉仲に白い鞄を渡した。鞄自体はダンジョンに潜った時と同じ物だが、いくつか道具が追加されていた。
フェルシェイルは荷物を置いておくことにした。精紋持ちのパイロマンサーに、余分な荷物は必要無い。
リヨリは腰に山刀を差し、鞄もそのまま持っていくことにした。ナーサ曰く、いざという時は盾にしろとのことだ。
最後にマルチェリテが準備作業を終えると、等身大の人形が立ち上がる。
精巧な動きで吉仲は、一瞬本物の人が現れたのかとすら思った。だがよく見ると間接の部分は球体となっていて、その目には命や意思の類は宿っていない。
「マルチェ、それは……?」
女性陣でもっとも背の高いナーサはおろか、吉仲よりも頭一つ抜けている。
リストランテ・フラジュで調理をした時のミニチュア人形や、喫茶ノノイを運営する子供サイズの人形とも異なり、顔立ちや瞳までしっかりと作り込まれた、より精巧な人形だ。
大人の女性のプロポーション、金髪白面の端正な顔立ちにエルフの耳。深緑の軽鎧を身にまとった、エルフの女戦士の風貌だ。
左右の腰にサーベルを一本ずつ刺し、背中にはショートボウ、腰の裏手には矢筒が配置されている。
「実は私、戦闘はできないんですよね……ですから、この子にお任せしようかと」
魔傀儡師・マルチェリテのとっておき、自慢の子供達の中でも傑作の一つの戦闘人形だ。
いつも遠隔で動かしている喫茶ノノイの人形達をすべて止めても、三十分も動かせないほど莫大な魔力を消費する。
地上で戦闘をするならさらに起動できる時間は短くなるが、ダンジョンの中なら問題ない。
今回に限り喫茶ノノイは休業し、彼女はこの一体だけに集中することにしたのだ。
「ダンジョンで準備するより、ここで起動だけして移動した方が安全でしたし。……お願いね、ベルキドア」
マルチェリテの問いかけに、ベルキドアと呼ばれた人形は規律正しい戦士の動きで直立をし、腕を胸の前で構え、主人に敬礼をした。
「……その動き、いらないでしょ」
「あら?雰囲気は大事ですよ?」
フェルシェイルが呆れた声を上げる。人形は自律して動くが、動きを設定しているのはマルチェリテだ。
リヨリとマルチェリテの対戦を思い出し、一同に笑いが起こる。
「よし、じゃあ準備万全だね。行こうか」
リヨリが苦笑しながら、続けた。