空の旅
気球の旅は、籠が狭いことと熱いことを除けば、概ね快適だった。
馬車より速く、揺れも少ない。立ちっぱなしではあるが、全員籠に押しつけられる形だったから、寄りかかっているのとそう変わらない。
ただ、中心に立って絶えず火を放つフェルシェイルだけは涼しい顔だったが、四隅にいる四人は至近距離でその熱をモロに受ける。
推進こそ風の魔法陣を使ってはいるが、移動によって熱は後方に動き、その方向にいる吉仲とリヨリは汗だくだった。
吉仲は少しでも熱から遠ざかろうと身を乗り出し、浮遊の頂点に到達する一瞬、落ちそうになったくらいだ。
それでも独特の浮遊感、空からの朝日、逆方向から吹いた時の早朝の風の心地良さは格別だった。
これから魔物を退治に行くとは思えない爽やかさだ。
熱と姿勢を考慮にいれても、優雅とまでは行かずとも空の旅という言葉がしっくりと来る。
リヨリの村までおよそ五十キロ、朝の内には着く見通しだ。
マルチェリテと人形達の細工も間違いがないようだ。五人が乗っても安定している。
一人乗りの気球と違い、スピードも出しやすい。
それでもやはり、しばらく飛んでいると疲れてくる、体勢がキツくなってくる。
二人で乗る時はベンチを出して座れる構造だが、この人数だとそうもいかない。
「……やっぱり、五人と荷物は多かったですね……」
マルチェリテが苦笑する。
荷物が一番大きいのは彼女で、彼女の鞄は吉仲と自身の間に詰め込まれている。
「ナーサさんは杖で飛んだ方が早いんじゃないの……」
大きく身を乗り出しているリヨリが、吉仲と逆隣のナーサに話しかける。
「それがねぇ、誰かさんが無茶をした時に壊れてねぇ。今は使えないのよぉ」
昨晩の話の後、吉仲がナーサに銀の杖を返却した時のナーサの顔を、リヨリは知らない。
グリフォンとの戦いの時に、おたまが発する許容を超えた強大な魔力が流されたことで、回路に多大なる負荷をかかり、杖が魔力に反応しなくなっていたのだ。
お気に入りでもあり、仕事にも使う大事な杖を壊されたナーサは、ショックと悲しみと怒りと諦めがない混ぜとなったものすごい表情となった。
だが、どのみちあの生きるか死ぬかの状況じゃ仕方ないと思い、また、自らが吉仲に渡したこともあって結果的に諦めが勝った。
「え?じゃあ杖は……?」
吉仲が、おそるおそる尋ねる。
諦めたナーサに気にするなと言われても、あの普段見せない表情を見た後はどうしても気になる。
「持ってるけど、使えないわよぉ」
都の細工師に頼み、修理をしてもらおうかとも思ったが、魔女の店の遅い閉店時間にも間に合わなかったのだ。
「マルチェちゃんは修理できるぅ?」
「魔法の杖ですか?ごめんなさい、魔女の魔法道具は心得が無くて……」
マルチェリテはナーサに向かってぺこりと謝った。
「そうよねぇ……気にしなくていいわよぉ。こっちこそごめんねぇ」
ナーサはひらひらと手を振る。
それをきっかけに、雑談が始まった。
ナーサとマルチェリテは魔法道具談義を、リヨリと吉仲はグリフォンとの戦いの思い出話を始めたのだ。
「……ちょっとアンタら、うるさいんだけど」
四隅で盛り上がる中、フェルシェイルは一人炎に集中していた。
気にしないようにしていたが、まるで無視されているような状態にはさすがに腹が立つ。
それに彼女が炎の加減を間違えば、保護されているとは言えさすがに火が気球に燃え移り、全員落下するだろう。
「あー、ごめんごめん……あ!見て!村だよ!」
リヨリがフェルシェイルに謝り前を向いた時、住み慣れた村の姿を見つけた。
その様子を空から見るのは初めてだったが、森の中にぽっかりと空いた集落や建物の配置、そして生まれ育ったリストランテ・フラジュの真っ白な屋根はそれでもはっきりとわかった。
「……着陸するわ」
呆れたようにフェルシェイルがつぶやき、静かに気球が降下を始めた。