籠
「ああ、そうね。早く準備しなきゃ」
吉仲の質問にそれだけ答え、フェルシェイルは籠から白い布を引っ張り出す。白い布は上に掛かっているだけでなく、籠の中にまで詰まっているようだった。
動かす手は止まらないが、白い布は次から次へと籠から出て、草地に広がっていく。マルチェリテも手伝い広げはじめた。
「レイネ、ありがと。こんな朝早くから悪かったわね」
「いえいえ、フェル姉さんの頼みとあればこんなこと、朝飯前です!姉さんこそ、気をつけてくださいね!」
おかっぱ頭の少女、レイネはにっこりと微笑み、一同を見回す。
唯一レイネを知らないリヨリは、翔凰楼の給仕で、フェルシェイルの妹分だとナーサから説明を受けている。
「私はそろそろ仕入れのお手伝いなので、ここで失礼しますね」
レイネは、籠を運ぶのを手伝いに来ただけのようだった。ぺこりと礼をして、振り向いた。
「お店のこと、よろしくね。明日までには帰れると思うから」
フェルシェイルは作業の手を止めず、遠ざかっていくレイネの背に話しかける。
レイネはもう一度振り返り、大きく腕を振った。
白い布が徐々に草原を侵食していく。布は頑丈そうな紐で籠に結び付けられているようだ。
「この籠って、まさか」
吉仲の言葉にマルチェリテが頷く。フェルシェイルは布の端を見つけたようだ。
「馬車だと時間が掛かってしまいますし、私あんまり得意じゃなくて……」
布の端を引っ張り出し、炎を放つ。火の鳥の精紋が薄明るく輝いた。
「吉仲さん、この魔術式を起動してもらってもよろしいですか?」
マルチェリテが籠に編み込まれた魔法陣を指差す。送風の魔術で炎が布に燃え移らないようにするものだという。
ダンジョンの送風の魔法陣と似た形状だったから、吉仲にも起動ができた。
炎の熱気で白い布が煽られ、少しずつ開いていく。袋状になっているようだ。
そこから、二~三十分も経っただろうか。東の空は徐々に明るくなってきているが、街はまだ眠りについている。夏の早朝の空気が清々しい。
リヨリと吉仲も袋を広げるのを手伝い、ナーサは台車を預かってもらうよう宿の夜番をしていた店主に交渉している内に、時間は瞬く間に過ぎ去っていた。
大きな気球が立ち上がる。
フェルシェイルが使っていた一人乗りの気球のゆうに数倍はある。
昼間に使えば、目立つことこの上ないだろう。だが、騒ぎはない。気づかれてはいないようだ。
「……こんなでかい気球があったのか」
「ふふ、今日が初飛行ですよ、ここで使うとは思ってもみませんでしたけど」
マルチェリテがフェルシェイルに協力をあおぎ、リストランテ・フラジュから帰った後で作ったものだ。
一人乗りのフェルシェイルの気球では、マルチェリテはずっと立ちっぱなしで疲れるためだ。
吉仲がヒポグリフを運んだ時のロープワークを見て加工を思いついたとも語った。
蔓製の籠、気球を形作る布、そして二つを繋ぐ紐。
全てマルチェリテの知識を動員して集めた植物で、彼女の自慢の人形達が素材を加工し、編み上げ、組立てている。
植物を使うことにかけて、エルフの右に出る物はいない。
全てが強靭で軽い繊維で出来ていて、布はすべすべとした手触りで取り回しもしやすい。
耐火性こそ難があるが、魔術式で補強はしている。それにフェルシェイルの火の扱いなら問題は起きないだろう。
出来に問題はなさそうだ。マルチェリテはそびえ立つ白い袋を、我が子を見る瞳でうっとりと見つめる。
熱を帯びた気球は確実に軽くなっているようだった。
「そろそろね。じゃあ、まず荷物を乗せて」
気球のふくらみ具合を見たフェルシェイルが声をかける。