ワガママ
深くため息をつき、カチは目をぬぐう。もう後戻りはできない、今から止めてもリヨリはダンジョンに潜るだろう。
この選択に後悔は無いが、心配だけは山ほどある。
「そして……ナーサ、吉仲よ。危険なことだと承知はしているが、お前たちにリヨリのことをお願いしたい」
吉仲はリヨリとナーサを見る。おたまが鳴った気がした。
ナーサは当然のことのように頷いている。むしろ、微妙に曲げられた口は、リヨリには知らせず自分一人で行っても良かったと言っているような表情だ。
リヨリはナーサの反応を見て微笑む。
「ありがとうナーサさん!明日には村に戻りたいんだけど、いいかな?」
そして宣言した。質問ではなく、宣言だった。吉仲は口をへの字に曲げる。
リヨリを助け、ヤツキの死の原因となった魔物と戦う。どう考えても簡単なことでは無さそうだ。
「いや、もちろん付き合うけどさ……大会が全部終わってからで良いんじゃないか?」
さっきの今だ。ダンジョンに潜って死にかけて、たまたま奇跡的に回復できたのをリヨリは忘れているんだろうか。
ミジェギゼラの騒動は終わり、さすがに今回ほどの大ごとにはならないと思うが、審査員と料理人が一緒に村まで小旅行をするのはまた噂になるだろう。反感がぶり返すかもしれない。
来週の決勝戦が終わってからでも、時間的には問題ないはずだ。
「ううん、すぐ行きたい。そんなモヤモヤを抱えたまま勝負したくないし、そんな状態で勝負してもあの人には絶対勝てないよ」
即答だった。リヨリは真剣な瞳を吉仲に向ける。
言ってる言葉はただのワガママでも、まっすぐな瞳で迷いなく言われると、正論を突かれたような気にもなる。
「……それに、勝負に使えるかもしれないしさ」
「勝負に使うのか?なんの魔物かも分からないのに?」
吉仲は言っておいて、リヨリのことだしその辺はなんとかするだろうと思った。問題だと思ったことは別にある。
父を殺した魔物を、料理勝負の決勝で使う。食べられたわけではないとは言え、あまりいい気分がする物とは感じない。
「使えたらね。でも、お父さんの仇を討って、それで料理を作って、料理大会で優勝できれば最高じゃん」
だがそれも、この親子なら最高の供養になるらしい。吉仲の倫理観では結びつくことはなかったが、本人が言うなら良いのだろう。
「まあ、そういうと思ったわぁ……」
ナーサも苦笑する。なんならリヨリは、今からでも行こうとするだろう。
吉仲は慎重に進めたいみたいだが、ナーサは自分と吉仲がいれば、なんとかなるだろうとは思っている。ただ、もう少し安心がほしかった。
「そこでねぇ、マルチェちゃんの力も借りたいんだけどぉ……いいかしらぁ?」
ナーサがマルチェリテだけを呼び止めたのは、それが目的だ。
静かに話を聞いていたマルチェリテが、お茶を一口飲む。
それから少し考えるように宙を見た。
「そうですねぇ。もちろん、お手伝いします。……ただ、吉仲さんの心配も分かりますし、時間もありませんから、明日出発するなら早朝になるかと思います。リヨリさん、体調は大丈夫ですか?」
一番疲労を抱えているのはリヨリだろう。実際、ナーサと出会うまでは歩くのもやっとだったのだ。
だが、リヨリは力強く頷く。やせ我慢ではなかった。さっきの勝負の前のように、闘志に火がつき、身体が熱を帯びている。実際に疲労が消えたように感じている。
闘争本能は、痛みや疲労を消し去る力を持つ。
吉仲も、マルチェリテが来るならと納得したようだった。ナーサとマルチェリテが賛成するなら、無理に反対する理由もない。
おたまをなでると、また静かに鳴った。
「じゃあ、決まりだね。みんなありがとう。本当によかったよ」
リヨリの言葉には、行けるという確信があった。