ヤツキの死
半年前のことだ。
ダンジョンの五階層に到達したヤツキは、どこか今までにない真剣な表情でダンジョンへ潜るようになっていた。
カチはその理由を聞けずじまいだったが、何かしらの秘密があるのは間違いなかった。
もっとも事情を知らない娘や客の前では平静を保ち、何事も無いような顔をしていた。
だが、ダンジョン探索にますますのめり込むようだった。特にダンジョンの先へ進んだ時の狂喜は、いままでに無い物だった。
ヤツキ自身も、自分のその変化に戸惑っているようだった。
カチに不安をこぼすこともあり、カチもダンジョンへ潜るのをしばらく休むよう勧めたが、ヤツキは使命感に駆られるようにダンジョンへ潜る日々を送っていた。
そして、最後の日。
獲物はまずカチの家に運び、解体して蔵へ収める流れになっていた。
ダンジョンの存在を知る前のリヨリは、それをヤツキかカチが冒険者から買っていた物だと思っていたようだが、全てヤツキが獲ってきた物だ。
だが、その日はいつもと異なり獲物を持たず、顔面蒼白のヤツキが帰ってきた。
外傷は無いが、身体は氷のように冷たくなっていた。
息も絶え絶えのヤツキは何か、巨大な魔物と遭遇したのだという。それも毒か魔法か、何かしらの飛び道具を持つ魔物だ。
相手との圧倒的な戦力差を悟ったヤツキは、すぐに逃げ出した。魔物も追うことはしなかった。
そして、魔物が外に出ないよう四階層の檻を閉ざして封じ込め、必死で戻ってきたのだ。
しかし、追って来なかった魔物は、確実にヤツキの身に何かをしていた。
一歩一歩踏み出すごとに体温が下がっていく実感があったという。
真冬のことだ。いつもなら動いた身体は体温をあげようと熱を発するが、降りしきる雪に体温が奪われていく一方だったという。
カチの家の暖炉に当たっても、白湯を飲んでもヤツキの身は冷たくなる一方だった。
命がこぼれて落ちていく様子が、カチにも見て取れた。
事情を詳しく話す暇がないことを悟ったヤツキは、娘のことと、ダンジョンの鍵のことをカチに託し、最期にはうわごとのように、髑髏、ただそう言い残してカチの家で息をひきとったのだ。
そこから、慌ただしく葬式をし、突然ただ一人取り残されたリヨリを村ぐるみで世話をしている内に半年が経ち、イサと吉仲の来訪につながっていく。
ヤツキの死の真実を知る者は、カチのみだ。
五階層まで行かず、魔女のナーサがついていれば問題は起きないと判断しダンジョンの存在こそ教えたが、孫のように可愛がっているリヨリをヤツキと同じ目に合わせるわけにはいかない。
鍵のことは、ずっと秘密にしておくつもりだった。
「……ワシも老い先短いし、この鍵はイサに預けようと思って持ってきた。イサなら問題なく管理してくれるだろうしな」
カチは鍵を見つめる。ヤツキの死を思い出し、涙ぐんでいた。
「だが、今日の戦いを見てリヨリ、お前に預けるべきだと思ったのじゃ」
グリフォンとの戦いで大怪我を負うリヨリを見て、渡すべきか躊躇もした。おそらく、他の老人達なら渡すことは選ばなかっただろう。
だが、猟師のカチだけは、リヨリこそがヤツキの死因となった魔物と戦い、狩るべきだと改めて思ったのだ。
幸い、リヨリは仲間に恵まれている。
「……本心を言えば、このまま、ダンジョンの奥には進まず鍵は保管しておいてほしいが……」
リヨリは首を振り、カチを見据える。まっすぐな瞳だ。父親によく似ている。涙が溢れそうな瞳でその姿が歪んだ。
「私が、その魔物を退治するよ」
そう言うだろうと、その場にいた誰もが思った。カチは、静かに頷いた。




