夕食
吉仲達食通が、グリフォンの肝にありつけたのは、それからすぐのことだった。
濃厚かつなめらか、トロリとした食感と共に、口いっぱいに広がる脂の風味。
他の何物にも例えることのできない旨味だった。
肉が持つ血の生臭さや独特の臭いを全て消し去り、上質な脂の風味と旨味のみが凝集されているようだ。
それでいて、今までグリフォンが食べてきた他の魔物の旨味も鼻から抜けるような、複雑な風味もする。
「これが……グリフォンの肝……」
吉仲がうっとりと呟く。一切れを五等分した一口しか食べられなかったが、それでも脳がとろけるようだ。
もし大きなサイズで食べていたら、間違いなく脳が焼け、他の何を食べても味気なく感じるようになってしまうだろう。
他の食通達も放心し、深くため息をついた。そのため息すらかぐわしい。
リヨリの料理を待ちわびる村の老人達が、羨ましそうに眺めている。
吉仲の話が終わり、ナーサを先頭に老人達と歩くリヨリを見つけたのは、あの後すぐのことだった。
食通達の懇願を聞いたリヨリは、グリル・アシェヤで老人達に晩ご飯を振る舞うついでに、グリフォンの肝を焼いて食べさせることにしたのだ。
疲労の頂点だったリヨリも、村の老人達との久しぶりの再会と驚きで少しだけ動けるようになっていた。
「はーいお待たせ、簡単でごめんね?」
グリフォンの肝のソテーを焼き食通達に提供したように、老人達には“王の食材”キマイラ肉のシチューを出す。
「いやいや、こっちこそ試合の後で疲れているのにすまんなリヨリよ」
カチの言葉に老人達が頷く。
食通の老婆チーメダを除いて皆、グリフォンの肝より久しぶりのリヨリの料理の方が嬉しかったようだ。さっそくキマイラのシチューを食べる。
恨めしげに食通達を眺めていたチーメダも、渋々食べたキマイラ肉のシチューに驚き目を見開く。
「……これ、キマイラかい!?キマイラってこんなに美味しかったのかい!」
「へへ、これで一回戦勝ったんだ!相手はトーマの店の店長だよ!」
リヨリが自慢げに胸を張る。村にいた頃よりレベルアップした料理を老人達に味わってもらえることで、さらに元気が出たようだった。
他の料理を用意していたサリコルとシエナも話に加わり、リヨリが村を出てきてから今までのことを話す。
「うーむ……こんなうまい物を生きてる内に食えるとは……」
「まったくだよ、長生きはするもんだねぇ……」
「それにこーんなに小さかったリヨリが、立派に成長したもんだのう。きっとヤツキも喜んでおるわい」
老人達は驚きつつも舌鼓を打つ。リヨリの今までの話を聞き、思わず涙ぐむ者もいた。
リヨリの成長を心から喜びもあり、昼間のグリフォンとの戦いを見ていたことへの安堵もあったのだ。
サリコルとシエナも嬉しそうに老人達を眺めている。
「……しかし吉仲、お前がまさかあんな大舞台で裁定を下しているとはの。お前、まさか本当に貴族だったのか?」
カチが惚けていた吉仲に呆れた視線を向ける。
「はは……なりゆきでさ……」
今までの経緯を知らない老人達には、村で判定していた吉仲が、立派な衣装を着て名だたる食通達と共に裁定を下す姿にも驚いたのだ。
「イサさんに……ねじこまれたっていうか」
吉仲の言葉に、グリフォンの肝から意識を取り戻した食通達が苦笑する。
「ふーむ……ご老人方は吉仲とリヨリがいた村から来たのか?」
ベレリの言葉に老人達が頷いた。ガテイユも頷く。
「積もる話もあるでしょうし、我々はここらでおいとましましょうか」
「そうねぇ……目的のグリフォンの肝も食べられたしねぇ」
シイダがうっとりとする。たった一切れだが、しばらくは幸せな気持ちで過ごせそうだった。
「……それにあんまり長居すると、また勘ぐられちゃうかもしれないしね」
ふと真顔になり、自分への戒めのように呟く。審査員が選手に肩入れしていると疑われるのは避けたい。
「ふむ、テツヤの料理も事前に味わうのも良いかもしれませんな。……だが今日のところは失礼することにしよう。リヨリ、試合後まで馳走になったな」
真っ先にベレリが立ち上がり、帰り支度を始める。ガテイユ、シイダとマルチェリテもゆったりと立ち上がった。
「決勝も楽しみにしてるわよぉ」
かぐわしい脂の匂いが食通達から香る。
「マルチェちゃん……ちょっと良いかしらぁ?」
席を立つマルチェリテに、ナーサが声をかけ、リヨリに目配せする。
カチも、静かに頷いた。