鍵
リヨリが会場の裏口を出る。
手には流転刃の包みと、グリフォンの肝の一部の包み。吉仲に食べさせようと思って持ってきたのだ。
残りは屋台の料理人達に提供してきた。
来週の決勝までに、料理を考え、魔物食材を調達する必要がある。
相手は自分と戦った時を遥かに上回るフェルシェイルすらも打ち破る“死神”テツヤ。
イサとの勝負以上の発想を求められるだろう。
「……あー……つっかれたー……」
だが、今日はこのまま休もうと思った。
朝早くからダンジョンを歩き回り、大立ち回りをして、死にかけて回復し、そしてイサとの勝負、フェルシェイルの観戦と目まぐるしいという言葉じゃ足りないほど濃密な一日だった。
体力に自信はあるが、もはやどうやって歩いているかもよく分からない。
うつむき、とにかく足を前に進めるリヨリに、何者かが覆いかぶさってきた。
「わっ!」
黒く柔らかな物がリヨリを圧迫する。
すべすべとした物がリヨリの髪や頬をもみくちゃになでる。
痛みはなく、匂いからすぐに“それ”が何かの察しがついた。
「な、ナーサさん!?ちょっ!離れて!」
「リヨちゃん、お疲れさまぁ!やったわねぇ」
一瞬離れてにっこり微笑んだナーサが、再びリヨリに抱きつく。疲れ果てたリヨリは抵抗する気もなくし、なすがままにされる。
ナーサが、裏口で待っていたようだ。
「本当にリヨちゃんすごかったわよぉ。フェルちゃんは残念だったけどぉ……」
ナーサの言葉にリヨリは肩を落とす。
フェルシェイルとは決勝で戦う約束をしていたが、それは果たせない。
「……うん……でも、フェルシェイルの分も頑張らないと!」
ナーサが離れてリヨリの顔を見つめて頷く。
我が子の成長に喜ぶ母のような表情だ。リヨリはちょっと照れくさくなる。
「そうそう!その意気よぉ!……心強い応援団もいるしねぇ」
ナーサが自分の後ろを振り向いた。
応援団はナーサのことかと思ったが、違うらしい。リヨリはナーサの身体ごしにその方向を見た。
「リヨリ。おめでとう」
村の老猟師、カチを先頭に、村の老人達がぞろぞろと現れた。
「……あれ!?カチじぃ!?」
老人達はいたずらっぽく笑う。
驚かせるためにナーサと示し合わせて隠れていたようだ。
「みんな!どうしたの!?」
「イサに呼ばれて、お前達の勝負を見に来たんじゃよ。せっかくだから村総出での」
「しかし大変だったのう。都の料理勝負とはこんなに大変な物だったとは知らんかったわい」
「本当ねぇ。最初、吉仲ちゃんのことで大騒ぎしてた時は目が回っちまったよ」
老人達は口々に感想を言いあう。
吉仲への憎悪の噂の呪いを知らない彼らは、暴動を目の当たりにして目を白黒させるばかりだった。
感情を増幅させるビジョンズの魔法で恐怖だけを強く感じ、今や彼らもまた疲れていた。
「でもその後の料理勝負……アタシが若かった頃見たのよりもすごかったねぇ!リヨリもフェルシェイルも大したもんだったよぉ!」
食通の老婆、チーメダだけは疲れを感じさせず、キラキラとした瞳だ。
「私もさっきカチちゃんと会ってねぇ、リヨちゃんを待ってたってわけぇ」
カチが久しぶりに見た孫娘の成長を喜ぶ顔で頷き、自身の古い鞄を開け、一本の鉄の棒を取り出す。
「それはそうとリヨリよ。ちょうど良い機会じゃ。お前にこれをやろう」
片方は丸く曲げられ、もう片方は四角いでっぱりがついている。
「本当は、イサに渡そうと思って持ってきたんじゃが……」
「何これ?……鍵?ずいぶん古いね」
カチから鍵を渡されたリヨリが、珍しいものを見るかのように眺めまわす。
古びているが錆びてはいない。よく磨かれていて、そしてずっしりと重い。
その金属の重厚で冷たい質感は、リヨリの脳裏にあることを思い出させた。
暗い、地下のダンジョン。四階層の階段を降りた先の、閉ざされた扉。
「……鍵!?」
カチが頷き、リヨリとナーサを自分の近くに寄らせてヒソヒソと話す。
「……そう、村のダンジョンの鍵じゃ。詳しいことは後で話そう」