食通たち
司会の終了の声とともに、観客たちはすぐに立ち上がり我先に退場しようとする。
外の屋台に食べに行くようだ。
今までの勝負で負けた料理人達も出店し、使った食材の残りも提供される、予選の時よりも豪華になっている。
リヨリとテツヤも退場していく。
お祭りムードが戻りわいわいと騒ぐ観客たちと対照的に、ぐったりと吉仲が椅子にもたれかかる。
心の底から見たくないのに、なぜかテツヤの背から目が離せなかった。
肉体的にも精神的にも疲労の頂点だ。
フェルシェイルの料理を食べた時までは、実際に疲労が消し飛んでいた。
だが、テツヤの料理を食べ、判定を下し、そして自分の死の事実を思い出すとともに、これまでの疲労が倍になってのしかかって来たのだ。
「どうした吉仲?さすがに疲れたか?」
「それに……そんなにテツヤをじっと見つめて、どうしたっていうの?」
ベレリとシイダが吉仲をまじまじと見つめる。
「……あ、ああ……ええと……」
「グリフォンを退治し、それから間もなく世界でも有数の料理の判定を下したのです。相当お疲れでしょう」
言葉にならない吉仲を、ガテイユもまた気遣う表情で見つめる。
「そうだ!グリフォンと言えばお前、魔術師だったのか!?そんな雰囲気すらまったく感じさせなかったのに!」
ベレリが思い出すとともに慌てふためく。
ベレリは魔術師ではないが、商人としての人の目利きで、隠していても何者かはそれとなく分かる。
ただ、吉仲だけは見抜けなかったのだ。
「えーと……」
吉仲は、グリフォン退治の顛末を話すことを思い出した。
それに、彼らには全てを打ち明けても良いような気がした。
王宮内に用意された審査員の控室に、五人で戻る。
一週間後の簡単な打ち合わせの後に解散となる予定だったが、そのまま全員が残る。
小さな大理石製の八角形のティーテーブルを囲み、マルチェリテがお茶をいれる。
紅茶の香り、ぬくもりが吉仲の疲れを癒やした。
そこから吉仲はぽつりぽつりと、テツヤに刺されたことはボカしつつも、異世界から来たこと、リヨリとイサの勝負に立ち会ったこと、そしてそれから今までのことを話す。
イサやナーサから聞いて概ねの事情を知っているマルチェリテ以外は、驚きと納得の両極端な感情を抱いた。
「転移者……だったのね」
紅茶を一口飲み、シイダが吉仲をじっと見つめる。
政を行う貴族の間で、半ば公然の秘密として、その存在は伝えられている。
死を持って異世界から転移する者。
中には何かしらの特殊能力を与えられる者もいるという。
伝説的と呼ぶほどでもないが、珍しい存在であることに間違いはない。
「それで、料理を味わい分ける能力を得たのですか」
「おたまで使うとかいう、不思議な魔法もな」
ガテイユとベレリは最初こそ驚いたが、むしろ納得の方が強かった。
それくらいでなければ、この奇妙な若者を説明できない。
「おたまは……ちょっと分からないけど……」
吉仲は思わず苦笑し、おたまをさする。
「……まあ、だからさ、このまま俺が審査し続けて良いのかなとは思ってるかな」
吉仲の言葉に、食通達は顔を見合わせた。
「いいや、俺はお前が何者かわかって安心したし任せられるぞ、得体の知れない若造のままの方がよっぽど据わりが悪い」
ベレリの言葉にガテイユが頷く。
「食通としての力はともかく、高級貴族を相手に正しさをまげない胆力は、吉仲さんのものでしょう。正しい味が分かり、それを正しく伝える裁定の基本ができるなら問題ないかと」
ガテイユが吉仲を認めたのは、晩餐会の時の行動だった。
「それに、今日の審査を見て文句をつける人はいないんじゃないかしら。珍しい食材を食べ慣れてないのが心配なら、私の店にいらっしゃいな」
シイダも事も無げに言う。マルチェリテは特に何も言わず、穏やかに微笑むだけだ。
吉仲は、どこか安心する。
「しかし珍しい食材といえば……グリフォンの肝を食いそこねたのは惜しかったな」
「まったくよぉ。すっかり言い出す雰囲気じゃなくなってるんだもの……」
ベレリとシイダが、吉仲のことよりも大問題とばかりに話題をかえた。
伝説の食材を食べるチャンスなのに、シーサーペントの肝につけられた少量の肝しか食べていない。
準決勝終了後にリヨリに食べさせてもらうよう言うつもりだったが、そのタイミングも逸してしまった。
「お前も倒したんだから、食べる権利はあるんじゃないか?」
「はは、残りを食べさせてもらえるよう、リヨリに言ってみるよ」
死神のことは何も分からないが、吉仲は抱いていた漠然とした不安は消えていた。
イサの言う通り、自分の居場所はここらしい。