生と死
審査員達は一様に悩みはじめる。
リヨリとイサの勝負とは異なり、食に対する姿勢すら問われているような気になったのだ。
単純に調理技術だけの優劣で言えば、フェルシェイルの料理の方が優れているだろう。
自らの炎の力を全て使い切った調理の数々に対して、テツヤの料理は驚くほど単純なことしかしていない。
しかし、イサの完璧な技術にリヨリが驚きを持ち込み勝負したように、テツヤが勝負に持ち込んだのは、技術ではなく思想だった。
別軸の勝負になった瞬間、技術だけで優劣を付けることに意義は薄くなる。
そしてリヨリの驚きとは異なり、思想の勝負は判定を下す者の思想を求められる。
「……私は……フェルさんの料理を推します」
口火を切ったのはマルチェリテだった。
「たしかに……テツヤさんの料理には圧倒されました。……死を味わう。深い感動と言っても良いでしょう」
人より長命なエルフだ。
森を出て街に来てからの時間は、人のタイムスケールから見ても長い方ではないが、それでも短命の友人達の死には少なからず立ち会ってきている。
「ですが……私には、悲しすぎる料理です。私が森を出るきっかけになったのは、人の料理のドキドキを味わい魅せられたからでした」
涙の理由は、自分が、誰より多くの死を見とる立場であることを自覚させられたためだ。
「テツヤさんの料理は圧倒的でしたが……私は、フェルさんの料理の生命力の方を味わっていたいです」
ベレリが頷く。
「俺もだ。……死ぬことを考えるより、生きる喜びを味わって生きていく方が良いに決まっている」
テツヤの料理はたしかに圧倒的で、衝撃的だった。
そういう意味では勝ちかもしれない。だが、それを口にするのは、今までの自分の人生を否定するような気になった。
フェルシェイルが手を握る、これでリーチだ。あと一人で勝てる。
思わず、喉が鳴った。
ガテイユが口を開く。
「私は……テツヤに票を入れる。フェルシェイルの生命力溢れる料理は素晴らしく、伝説の魔物薬膳の活力もたしかにすごかった……」
彼はマルチェリテを除けば審査員の中で一番の年上だ。つまり、死が一番身近にあるのも彼だ。
師や先輩はほとんど亡くなり、同輩や後輩でも亡くなっている者はいる。そして彼にもやがて死が訪れる。
「だが、“死を味わう料理”の衝撃はそれを遥かに上回っていた」
老料理人は言葉を切り、言葉を探すように考え込む。
「それに……矛盾しているようだが、死を味わう料理に私は料理の可能性を見た。……料理で味わえる物に限りは無いのだと、そう思ったのだ」
旬、採れたて、鮮度。食材で重視される物は、ほとんど全てが“生”である。
熟成という概念もあれど、食事から死や腐敗は隠蔽される。
テツヤの料理は、料理の概念を覆す物でもあったのだ。
「私もテツヤを推すわ……死を味わうことで、死を思う哲学。全ての貴族が、一度は体験すべき美学であり、恐怖でもあると感じたわ」
味わうことは体験そのものだ。だからこそ、珍しい体験を求める貴族は美食を好む。
あるいは行き過ぎてゲテモノ料理に走る者もいる。
その点では、伝説の魔物薬膳を作ったフェルシェイルの料理も負けてはいない。
だが、体験としてより強い方は、死を味わうテツヤの料理だった。
フェルシェイルの頬を汗が伝う。
吉仲は腕を組み、眉根に皺を寄せている。




