死を味わう料理
審査員席はまさしく通夜の雰囲気で黙りこくり、そして故人と向き合うように尾の鱗焼きを食べ続ける。
司会の困惑は止まらず、観客席がざわめいた。
食通達の箸は止まらず、うまいことは分かる。だが、感想を言葉で示す者は誰一人いない。
フェルシェイルは、首筋に冷たい刃があてがわれた気配がした。
死神が、アリーナを飛び回っている。
「……最初の膾の時から不自然だったんだ。いつもの料理とはかけ離れすぎていたからな」
吉仲が、ゆっくりと言葉を発する。
舌で食材全ての味を感じ取れる能力が、一足先に冷静さを取り戻すきっかけを与えてくれた。
その証拠に他の食通達は、まだ料理に圧倒されている。
「フライもそうだ。フェルシェイルの料理ほどじゃないとはいえ、二つとも生命力に満ち溢れていたし、すごく楽しい気持ちになったんだ」
気づけば、鱗焼きは完食していた。
吉仲が、おそるおそるテツヤを見る。
暗黒の穴が無感情に吉仲に向けられる。
「……いつもの、背筋が震えるほどの迫力はどこにも無かった」
思わず目をそらす。恐ろしくて見ていられない。
「……最後の料理を食べた瞬間、全てが繋がったよ……」
これが卵につながれば、生命のつながりを表す料理となったろう。
偉大な生命のサイクルを堪能する料理、フェルシェイルとは別のアプローチで生命を食べる料理であると。
だが、テツヤの料理は死を表す尾で止まっている。
つまり、誕生し、成長して、死までを食べる。
“死”にフォーカスした料理だったのだ。
マルチェリテが涙をぬぐう。
「ごめんなさい……圧倒されてしまって……」
シイダも神妙な顔つきで頷く。
「まさしく、フェルシェイルとは別の意味で命を味わう料理だったわ。……考えさせられる」
「“命をいただく”と言う言葉の本質は、ここにあるのかもしれませんな……」
ガテイユの言葉に、ベレリは考え込むような表情になる。
生命力に満ち溢れた、命そのものを食すフェルシェイルの料理。
対してテツヤの料理は同じ生命力を感じながらも、死で終わる。
たしかに全ての文化や建前を剥ぎ取った本質的な所では、食事とは生き物を殺し、その血肉を食べることだろう。
だが、それでは動物と何も変わらない。
「そうかもしれん。だが……だが、あまりに悲しすぎる料理ではないか……」
ベレリの言葉に審査員達が再び黙りこくる。この二つの料理に優劣を付けられるのか?
「同じく生命を食べる料理、だが、食す者を鼓舞するフェルシェイル選手の料理、そして食す者に死を突きつけるテツヤ選手の料理……一回戦と同じく好対照の料理だ!」
好対照?冗談じゃない。
フェルシェイルは、テツヤに対する嫌悪感の正体を理解した。
態度の問題じゃない。死を匂わせるテツヤの雰囲気全てが受け付けないのだ。
食事は、生きるためにするものだ。料理人は命を紡ぐ仕事だ。
死を突きつけた所で人は食べるのを止められるわけじゃない。だからこそ命に感謝できるように、最高に美味しく調理すべきなのだ。
自分の信念に賭けて、この男だけには負けたくないと思う。
「それでは、判定をお願いします!」