鱗焼き
白い皿の上に、こんがりと焼かれた鱗が見える。
皮側を上にして皿に盛り付けられているのだ。
鱗は火がしっかりと通り焦げ目がついたことで、元々の深い青ではなく暗い灰色と黒のコントラストとなっている。
鱗の下には厚みのある焼かれた白い身があり、どこか鱗が浮いているようにも見える。
「ここで焼き魚……デザートでは無いのね」
シイダが不思議そうに皿を眺める。
コース料理ではないのは知っていても、やはりどこか不自然な感じがする。
「これは……鱗ごと食べるのか?」
どう食べようかと食器を持て余したベレリが尋ねる。
テツヤは何も言わずに頷いた。
「鱗がついたままの尾など……」
ガテイユが苦々しそうに言う。
イサほどの工夫も見えない鱗ごとの焼き魚など、苦し紛れの奇策にしか感じない。
そもそも、シーサーペントの鱗を残して調理するのは下の下だ、修行を始めたての見習いだってやらない。
食通達はそれでも切り出し、一口食べる。
全員の動きが止まった。
「さあどうだ?鱗ごと焼いた奇妙な焼き魚の味は?」
司会の言葉に、反応する者は誰もいない。
テツヤは相変わらずの無表情で眺めている、フェルシェイルは審査員達の奇妙な様子に戸惑っているようだ。
誰一人としてうまいとも、まずいとも言わず、ただ口の中にある物が“何なのか”を見極めようとしているようだ。
「……ええっと?どうでしょう?お味の方は」
司会に反応する者はいない。
動きの止まったままのマルチェリテの目が、少しずつ潤んでいく。
やがて目に溜まった涙は溢れ、頬を濡らした。マルチェリテがうつむき、涙をぬぐう。
「え?え?え?……ま、マルチェリテさん?……な、涙をぬぐうほどおいしい、ですか?……まさか、まずい?」
今までの試食で一度も無かったリアクションに、司会はただ困惑するばかりだ。
「いえ……おいしい料理なのは間違いないんですけど……」
息詰まりながらもマルチェリテはなんとか飲み込み、司会の言葉に反応する。
「……うむ、間違いなくうまい……だが、これは……」
鱗を柔らかくするために長時間熱を加えていたとは思えない完璧な火の通り。
カリカリに焼かれた鱗と、ホロホロの身の食感のコントラスト。
味付けはシンプルに塩だけだが、鱗の潮の香りと焼かれたことによる渋み、焦げ目のほろ苦さがアクセントを加えている。
単純な焼き魚として見ても完璧な完成度だ。
だが、この料理の本質はそんな所にはない。
審査員達は鱗焼きを食べた時、三品を貫くテーマを唐突に理解したのだ。
意味を理解した途端、食通達の背筋がゾクゾクと粟立つ。マルチェリテは衝撃のあまり涙が出たのだ。
生まれたばかりのレプトケファルス幼生の軽やかで爽やかな味。
成長した背身の旨味と軟骨の楽しく華やかな、そして多様な味。
そして、最後の尾の苦味と渋み。厳粛なまでに沈んだ味。
「……この料理は……三品でシーサーペントの生涯……いや、死まで、を表現している……のか?」
誕生し、成長し、そして“死”を味わう料理だった。
フェルシェイルの料理とは真逆のベクトルで“生命”を味わう料理と言ってもいい。
吉仲の言葉に、テツヤが静かに頷いた。