幼生の膾
試食を終えた食通達が水を一口飲む。
力がみなぎり、火照った身体に染み入るようなうまさだ。
感覚が鋭敏になっているのか、水が喉を通り、胃に流れ込む涼やかな感覚まで感じられる。
「すごいぞフェルシェイル選手!高級感に溢れるだけでなく、食す者の生命力を高める力も持つ素晴らしい料理だ!」
司会の叫びに、アリーナが呼応する。
審査員の表情を見たフェルシェイルは、リヨリやイサが相手でも渡り合える手応えを感じている。
できるだけのことはした、後は相手次第だ。
しかし、追い詰められたはずのテツヤは特に焦りは見られない。
不気味な横顔を見て、フェルシェイルは少しだけ不安を覚える。
「フェルシェイル選手の魔物薬膳相手では、対戦相手のテツヤ選手も苦しいぞ!さあ、本日最後の料理をどうぞ!」
司会の言葉を受けて、ゆらりと動き始めたテツヤが手際良く小鉢を並べていく。
フェルシェイルの料理の余韻に浸る審査員も、その不思議な料理に首をかしげた。
「ん?この小さいの一品だけか?」
ベレリの言葉に、テツヤは首を横に振る。
「……いいや。俺の料理は三品ある。まずは一品目、シーサーペント幼生の膾だ」
平たいところてんのような、透明な食材に色のついた酢がかかり、その上には赤い薬味が乗っていた。
「これは……さっきの透明な……」
吉仲が小鉢を持ち上げる。
ひんやりと冷たく、これもまた火照った身体に心地よい。
「……シーサーペントの、幼生……ですか」
マルチェリテは小鉢の中をまじまじと見つめた。
小さく平べったい、透明な魚の群れが泳ぐように小鉢に入っている。
シーサーペントのレプトケファルス幼生だ。
生まれたばかりのシーサーペントは、透明で扁平な肉体を持ち、海を漂いプランクトンを食べる。
成長後の凶暴な姿からは想像もつかないほど、か弱く、そして穏やかだ。
「幼生……うまいのか?」
吉仲は知らなかったが、元の世界でもマアナゴのレプトケファルス幼生を、“のれそれ”と呼ばれる郷土料理で春の風物詩として食べる地方、あるいは“ベラタ”と呼んで食べる地方もある。
「ふむ、どれ……」
ちゅるんと吸い取るベレリの口中に、冷ややかな食感、そして酢の酸味、そして甘みがあふれる。
「ほう!甘酸っぱく爽やかな味だ」
その言葉を受けて、めいめい小鉢から食べる。
「あらほんと!おいしいわ!」
柔らかく弾力があり、冷たく甘酸っぱい味はさっぱりとしていて、試食続きで満腹感を覚えはじめていた食通達の胃を開ける効果があった。
それだけではない。
これから成長するエネルギーを蓄えたレプトケファルス幼生には、フェルシェイルの料理ほどじゃないにせよ、みずみずしい生命力に満ち溢れていた。
「……なんか、変だな……」
吉仲の言葉に、マルチェリテが首を傾げる。しかし吉仲は特に何も言わず、膾をもう一口食べた。
今までの鬼気迫るテツヤの料理からは、想像もできない味だ。さっぱりとしていて爽快感がある。
吉仲は不思議な気分になる。
今までのゾッとするようなうまさの料理が手を抜いていて、まさか、この料理が本気なのか?
それとも、あのフェルシェイルの料理を前に本気じゃない料理で勝つ気なのか?
テツヤは暗い瞳で食通達を眺めるばかりだ。