黄金球
終了の合図を聞いたフェルシェイルは、力尽きるように膝に手をつき荒く呼吸をする。
力の反動と集中の糸が切れたことで、全身の疲労を感じ、手足が震えてくる。
こんなに長時間、炎を使い続けたことも初めてで、とにかくクタクタだった。
それでもゆっくりと息を吸い、力を振り絞り、審査員の前に立つ。
調理が終わっただけで、本当の勝負はこれからだ。
「……アンタ、先に行く?後にする?」
フェルシェイルがテツヤを横目で睨みながら聞く。
嫌なタイプの相手とはいえ、勝負はフェアにしたい。
だが、声を掛けられたテツヤは、フェルシェイルの方を見てすらいない。
「……好きにするといい」
テツヤは前を見たまま、興味無さそうにつぶやいた。
フェルシェイルはその態度、その一言で怒り心頭となった。
真剣勝負の場で対戦相手に興味を持たないのは、無礼を通り越して侮辱的だと思う。
だが、ここは料理の勝負の場だ。怒鳴りたい気持ちをグッとこらえて立つ。
フェルシェイルは料理の味でぐうの音も出ないほど凹ましてやると決めた。
「ああそう。じゃ、先行くわ」
疲労困憊の身体も、怒りのためか動けるようになっている。
震えが収まってきた手で、皿を手際よく審査員の前に並べていく。
「シーサーペントのボールムニエルよ、召し上がれ!」
審査員の皿の前には一人一つ、黄金色にこんがり焼かれた小麦粉の球体、大きなコロッケのようにも見える。
「王女殿下の料理を彷彿とさせるが……これは自分で割れたりはしないのか……」
ベレリがぶつぶつと呟きつつナイフをいれる。
パリッ、と、乾いた音と共にナイフが球体に吸い込まれ、熱々の白い蒸気が吹き出す。
「……うおっ!」
目の前に蒸気が噴出したことで驚いたベレリは咄嗟に身を引くが、蒸気はすぐに収まる。
フェルシェイルがニヤリと笑った。
その様子を見ていた審査員達は、次々と自分の前の黄金球にナイフを入れる。
蒸気が吹き出す音が次々とアリーナに響く。
「おお!ナイフを入れることで吹き出す蒸気!これは意表を突く演出だ!……わ!」
蒸気が抜けた黄金の球は、ナイフを入れた部分から亀裂が走り、綺麗に五等分されたのだ。
球の内部にはとろりとした白い具が全体に入っている。
中心は黄金色の餡のような物。
冷たいナイフを入れたことで温度差が生じ、あらかじめ入れられていた亀裂に沿って割れたらしい。
吉仲は理科の授業で見た、地球の内部構造の絵が思い浮かんだ。
「なんと美しい!黄金の球が割れ、白と黄金の麗しい花が開いた!」
「ここまで来たら、王女殿下の料理に負けず劣らぬパフォーマンスね……」
すっかり魅了された表情のシイダが、一部を切り出し、息をふきかけ冷ましてから口に入れる。
「ん!」
熱々のかけらはシイダの口の中で、とろりと溶ける。
ヤケドするほどではない、だが、溶岩を食べるとこんな感じだろうかと思わせる食感だった。