太陽
調理台に戻ったフェルシェイルが、背身を調理台に置く。
脳はタレに漬け込んだまま、白子もすぐには手を加えないようだ。
「あのスピードで手早く骨切りを行えば、調理時間のアドバンテージは大きいですな」
ガテイユの言葉に、ベレリとシイダが頷いた。だが、すぐに三人は目をみはる。
フェルシェイルは捌くのに使っていた包丁を軽く洗い、作業台の横に置いたのだ。
「……包丁を置いた?シーサーペントの小骨はどうするつもりなんだ?」
吉仲の声に、マルチェリテが微笑んだ。
「ふふ、秘密兵器の出番みたいですね」
フェルシェイルは、無骨な金属製の大鍋いっぱいに水をくみ、シーサーペントの肉を塊のまま鍋に入れ、蓋をする。
蓋も鍋も、鉄製の、無骨でかなり頑丈そうな代物だ。
厚手の鉄鍋はじっくりと熱を通すことができ、食材の味を引き出すことができる。
だが、フェルシェイルが入れたのは水だけだ。秘密兵器と呼ぶほどの物には感じない。
マルチェリテの言葉の意味が分からず、食通達は互いに顔を見合わせる。
火の鳥の精紋が、フェルシェイルの身体が輝きを増す。
鍋の底を持つ両手を、渦巻く炎が包んだ。熱風がアリーナ中を吹き抜ける。
しかし炎はすぐに収束し、鍋ごとギラギラと輝く球となった。火球がフェルシェイルの手を離れ、宙に浮く。
「なんだあれは……」
「た、太陽……?」
宙空に浮かぶ光を放つ火球は、まさしく太陽のようだった。
「鍋ごと火にかけて……いや、燃やして……か?あんなことをして大丈夫なのか?」
「マルチェさんは何かご存知だったみたいだけど……秘密兵器って、あれのこと?」
シイダの問いかけに、マルチェリテが頷いた。
炎の力を模索していたフェルシェイルが、マルチェリテに一度見せたのだ。
通常よりも素早く煮る方法として、炎で鍋の全体をとりまく方法だ。
鍋の全周囲から内側に向けて燃えさかる炎が、鍋から水をこぼさず、また蓋を押し上げる力をも抑える。
炎の勢いと圧力が、鉄鍋の中の温度を沸点を越えて上昇させることで、普段より圧倒的な早さで煮ることができる。
「圧力鍋……か?」
「あら?吉仲さんのお国では実用化されているんですか?」
吉仲の言葉にマルチェリテが首をかしげる。
<多分こっちの世界には無いわねぇ。前にヤッちゃんが欲しがってたけど、探しても見つからなかったものぉ。圧力を計って調整する部分が難しいみたいねぇ>
ナーサが呆れた声で補足した。マルチェリテも納得したようだ。吉仲は他の三人に適当にごまかす。
「とにかく、あの方法を使えば、煮たり蒸したりするよりもよっぽど早く熱を通せるんですよ」
食通から感心の声があがる。
「なるほどな。強い熱で骨を柔らかくするのか。……吉仲、後でその圧力鍋とかいうの聞かせろよ?」
「あの技術を魔力が無くても再現できれば、料理に革命が起こるかもしれませんな」
ニヤリと吉仲に笑いかけるベレリの言葉に、ガテイユが神妙に頷く。
吉仲はごまかすように苦笑した。