生命の炎
動き始めたフェルシェイルの身体から、火花が散った。
「なっ!!」
ハペリナの動きを圧倒的に越えるスピードで、包丁を振るう。
イサよりも早く鱗を剥ぎ、頭の肉を切り出して頭骨を割る。中の肉を切り出す。巨大な頭が見る見る内に形を失っていった。
持っているのはいつもと変わらぬ包丁だ。だが、作業速度は段違い。
「おおっと!フェルシェイル選手、今までにない作業スピード!これは一体どういうことだ!?」
フェルシェイルには驚く審査員や司会、観客たちの声も聞こえない。
ただ、目の前の食材と、自分が振るう包丁のみの世界にいる。
リヨリとの勝負の後、この料理大会に向けて彼女もまた研鑽を重ねてきた。
今まで両親から教わった通りに料理をして来たが、自分の力と本気で向き合い、何ができるかをずっと考え続けてきたのだ。
今までの彼女は火の鳥の精紋を、食材を焼くための熱源、そして蘇生による鮮度回復の力としか考えていなかった。
だが、トーナメントが進むにつれ、母から、そして先祖代々受け継がれて来た火の鳥の精紋と真剣に向き合ったのだ。
――母から教わった話だ。
火の鳥との契約の大元は、何千年も昔の戦乱の時代、戦に駆り出された夫が戦死し、幼い一人娘も故郷の村も何もかもを戦火で失い天涯孤独になったある女の執念だったという。
戦で全てを失ったフェルシェイルの祖先は、伝説の火の鳥にすがり、娘の亡骸を抱え、旅に出た。
何年も、何十年も娘の亡骸と共に旅を続ける女性、その凄惨な姿は見る者に畏怖を感じさせた。誰もが彼女の気が狂っていると思った。
だが、彼女は常に真剣だった。
そして長い歳月を孤独の旅路に捧げ、娘の骨もついに朽ちかけ、自らの命も力尽きようとした時、彼女はついに火の鳥を見つけだしたのだ。
あるいは火の鳥の方が根負けし、彼女の前に姿を現したのかもしれない。
火の鳥は彼女の強い意思を認め、娘を蘇らせる。
そして、娘の身が守られるよう、子々孫々に継がれる火の鳥の精紋を授けたのだった。
娘の子からは、髪の赤い娘しか産まれなくなる代償もあったが、それでも精紋の力は母から娘へと絶えず受け継がれて来た。
その話を思い出し、フェルシェイルは気づいたことがある。
本気で炎を操る時、自分の手が拡張したかのように感じ、手で触れる物を選ぶように焼く物と焼かない物を選択できる。
そして、焼いたり燃やしたりする力は、火力が低いからこそ起こる。
全開まで解放した黄金の炎は、あらゆる物を燃やすことはなくなり、むしろ死者を蘇生させる。
――火の鳥の炎の本質は、生命力の炎だ。
母から娘へと受け継がれるのも、女だけに新たな命を紡ぐ力が与えられているからだ。
その、生命の炎を、自分に当てたら?
試すだけで、かなりの苦労をした。自分に炎を向けたことなどなく、母の教えにも含まれていない。
深く深く集中して全身の細胞から炎が湧き上がるイメージ。それをつかめたのは予選が終わった後、いつでも出せるようになったのはつい二日前だ。
だが、その苦労に見合うだけの効果はあった。
蘇りを繰り返す火の鳥の圧倒的な生命力で、肉体は活性化される。
全身に火の鳥の炎をまとい、活性化された肉体は、力もスピードも跳ね上がる。
今が、全てを解き放つ時だ。
フェルシェイルの肉体が、さらに生命力の光を放つ。