放射
入場してきたフェルシェイルとテツヤを見て、観客がひときわ大きな歓声を上げる 。
真剣な表情のフェルシェイルは気合に満ち溢れ、まさしく真剣勝負に望む表情だ。
一方のテツヤは、いつも通りの考え込むような静かな表情のままだ。戦いはおろか、周囲に人さえいないようにも見える。
吉仲達の視線が、テツヤの手元に集中した。
「なんだあの箱……」
「……特別な食材でしょうか?」
死神テツヤが木箱を抱えて入ってきたのだ。ゾートが運んできたような大きな箱ではない。
小柄なテツヤの両手にすっぽりと収まる小さな箱だ。
テツヤは無造作に調理台の脇に置き、すぐに中央に立つフェルシェイルと対峙する。
テツヤは相変わらず、フェルシェイルの方に目を向けてはいるが、フェルシェイルを見てはいない。
フェルシェイルがテツヤを睨みつけた。
ぼんやりとした瞳の焦点は合わず、 フェルシェイルの遥か奥を見ているようにも見える。
その態度は、フェルシェイルを苛立たせた。
――ただ、あの箱だ。
何かしらの秘密兵器であるならば、テツヤ自身も本気での勝負ということ。
フェルシェイルは気を引き締める。
司会は、二人を見て頷く。弾かれるようにフェルシェイルが威儀を正した。
「……翔凰楼の料理人にして、パイロマンサーのフェルシェイル!父の店の名と、母より受け継いだ火の鳥の精紋に賭けて、料理勝負の結果に異論を挟むことなし!」
死神の目が一層暗くなる。
落ち窪んだ瞳は陰が落ち、土気色の顔と共に一層凄みを増す。まさしく死神の表情だ。
「流れの料理人、テツヤ。……賭ける物など何もないが……勝敗に、異論は挟まない」
フェルシェイルの熱気と、テツヤの冷気がせめぎ合っているようにも感じられ、吉仲の背筋にぞくりと鳥肌が立った。
「それでは準決勝第二試合!開始です!」
包丁を持ち、シーサーペントの前に立つフェルシェイルが目を瞑り、大きく深呼吸をする。
身体の隅々に酸素を送り出すイメージと共に、深く息を吐き、大きく吸い込む。
深呼吸と呼応して、火の鳥の精紋の輝きも明滅した。
「あれは?」
<……精紋から出る魔力が膨れ上がってるわねぇ>
吉仲の問いかけに、ナーサが緊迫した声で答える。
「はい、最初から蘇生魔法でしょうか?」
フェルシェイルから周りの雑音が遠ざかっていく。
料理をするリヨリと同様、集中力が極限まで研ぎ澄まされたゾーンにいた。
ふいごで風を送ることで、炎が大きくなるように精紋の輝きが呼吸ごとに強まる。
深呼吸を終えて目を開ける。観客がざわめいた。
「フェルシェイル……光ってないか?」
外から見ると、フェルシェイルの身体全体が赤く輝いているようにも見える。
身体の輪郭に薄赤色の陽炎がゆらめき、かすかに光を放っているのだ。
「――フェニクシア=ヴァイタライザ」
フェルシェイルの全身から炎が舞い散る。
そこからの動きは、目を見張るほどに素早い。