ライバル
ガテイユが噛みしめるように繰り返した。
「完璧さゆえの些細な欠点……か」
「そうか……」
頭を下ろしたイサは、大きくため息をつく。
「……準決勝第一試合!リヨリ選手の勝利です!」
司会の叫びに、アリーナ中が熱狂した。
どちらが勝ってもおかしくない料理だったのだ。
イサは不意に、ヤツキに負けた翌日のことを思い出した。
――まだ夜が明ける前の店に、ヤツキとイサ。
杖に身を委ねたランズと、ランズを気遣い寄り添うようにヤツキの妻、リヤが立っている。
イサが旅立つ朝だった。ヤツキは、いつもと変わらぬ人の良さそうな笑顔で羊皮紙を手渡してきた。
昨日、死闘を繰り広げたとは思えないほどいつも通りだ。
「イサ、これを受け取ってくれよ」
ヤツキは羊皮紙をイサに渡した。イサは不思議な表情で羊皮紙を受け取る。
羊皮紙にはシンプルな一言。そしてヤツキのサイン。
『この証書を持つ者。リストランテ・フラジュの主人と料理勝負を行い、勝者は店の権利を獲得できる資格を持つ』
「……おいヤツキ、これはどういうつもりだ」
イサはその短い文章を何度も何度も読み返す、次第に手が、身体が震えてくる。怒りがこみ上げてきた。
「俺に情けを掛けているつもりか!?」
「違う!!」
ヤツキはイサを見据えた。
料理勝負に向かう時と同じ、真剣そのものの視線がイサを刺す。
意思の強い瞳だ。今思うと、リヨリの眼光は、本当にヤツキによく似ている。
「世界を旅してきた俺には分かる、イサはこれからもっともっと腕を磨いていくだろう」
イサもまた、真剣な表情でヤツキを見る。怒りはもう消えていた。
「俺はこのレストランを先生が現役だった頃の名店にしてみせる、だけど不安もあるんだ。平和が続くと、腕がなまるかもしれないって……」
ヤツキは師匠とリヤを見てパッと笑った。身重のリヤに負い目を感じさせたくなかった。
「もちろん、ここの店主になるのも夢の一つだったし、今は家族もいる。そこに後悔は無い……でもワガママが許されるなら、イサ、アンタにはライバルでいてほしいんだ。
ヤツキが羊皮紙を指差す。
「それを持ったイサがどこかで修行を積んでいると思えば、俺は平和に甘えることなく研鑽を続けていける、だから……」
イサはヤツキと羊皮紙を交互に見た。
師にも、家族にも向けられない、本気で戦うことを渇望する強敵にのみ向けられる視線。
「頼むよ、イサ」
イサは羊皮紙を畳みリュックにしまい、白布に包まれた包丁を解き放った。
朝焼けの光の中、紫の刀身に穏やかな多色の光が踊る。イサは決意を固くした。
「いつか……師から継いだこの流転刃を使いこなし、世界で一番の料理人となって戻って来る。……その時は店をもらうぜ?」
ヤツキが笑う。
「そうこなくっちゃ!……あ、でもこの子がある程度大きくなってからにしてくれよ?小さい時に家を取り上げられちゃかわいそうだ」
「ははは、どうだかな」
――あれが、ヤツキとの最後の別れだった。
イサがリヨリを見た。不思議そうな顔で見返す小娘は、かつてのヤツキをとうに越えている。
対戦を夢見た、さらに研鑽を積んだヤツキにも勝るかもしれない。
そう思うと、自然に笑みがこぼれた。ライバルの代理ではない、弟子でもありつつ、リヨリは立派なライバルとなっている。
次こそ、必ず。
イサは、自らの敗北を受け入れた。