決着
吉仲はもう一度、イサとリヨリの料理を考える。
しかし、比べれば比べるほど、料理自体の完成度には甲乙をつけられない。
リヨリの料理はいつも以上に驚きに満ち、イサの料理は間違いなく完璧と思う。
ただ、一点だけ、気になることがあった。
「イサさん、あんた……この料理を何回客に出した?」
イサが怪訝な瞳で吉仲を見返す。
「?……今回が初めてだ。シーサーペントを丸ごと一頭捌ける機会なんてそうそう無いからな」
だが、隅から隅まで知り尽くしているシーサーペント、そして何年も練りに練ったアイディアだ。
八種類全部として作ることは無くても、一品ずつ、あるいは三、四品の料理としては繰り返し作っている。
イサ自身の手応えでは、下ごしらえから調理まで、あらゆることが完璧、一分の隙も無いはずだった。
「そうか……この料理は、一個だけ、本当に小さな欠点がある」
吉仲の言葉にイサが目を見張る。
「馬鹿な!料理は完璧なはずだ!」
吉仲が頷く。
イサは言ってる意味が分からず、顔を歪めた。完璧なのに欠点がある。
「料理自体は間違いなく完璧だよ。一頭から八種の旨味、鱗以外はどこから食べても良いし、刺身や鱗を食べる新鮮さもある。……その一つの欠点がクリアされていれば、間違いなくリヨリの負けだった」
観客がざわめく。イサは表情を歪めた。
「それは一体……」
思わず呟いたガテイユに、吉仲は皿を指差した。
「皿の温度さ。八種類の別々の料理を一皿に盛ったことが仇となった」
「吉仲さん……その程度のこと、ちゃんと工夫はされていただろう?」
ガテイユの言葉に吉仲は頷く。
冷たい料理と温かい料理を一つの皿に盛ると、冷たい料理は温まり、温かい料理は冷めることで食べ味を損なう。
「そう、工夫自体はされていたんだ」
イサも頷く。イサは盛り付けの前に皿の半分近くまで湯につけ、温めていた。
放射状の料理の盛り付けも温度のグラデーションを保つための工夫でもある。
刺身は熱されていない側に、煮込みは熱々の側に置かれていた。
「……刺身は、先に食べさせるべきだったんだ。一品ずつ食べていったせいで、最後の方はほんの少しだけ、刺身がぬるくなっていたんだ。一口目は完璧だったんだけどな……」
まさしく完璧な工夫だった。そう、食べ始めの直後までは。
微妙な違いだ。人によっては気にならないだろう。
だが、吉仲の舌には後半は味わいが落ちているのが感じられた。
食べている間に、舌は味に慣れるためだろうと考えていたが、後から思い返せば、温度が変化していたのだ。
「もっとも、リヨリの料理の欠点が思いつかないのは、完全に新しい料理を作ったからだけどな」
初めて目にするものの評価は難しい。
特にそれが衝撃的であればあるほど、細かい部分の良し悪しの判断はしにくくなる。
感覚の全てが衝撃に圧倒されて、細部に目を配れなくなるのだ。
驚きを武器にする最大の利点はそれだ。リヨリは直感的にそれを使いこなしている。
「イサさんの料理そのものは完璧だった。だからこそ、本当に些細な欠点も目についてしまう。純白の布のちょっとした染みのように……」
吉仲は深く息を吐いて、最後の言葉を言う。
「……今回は、リヨリの勝ちだ」
リヨリが喜びを爆発させ、イサは天を仰いだ。




