綱渡り
料理を食べ続ける食通達を見つめ、リヨリがにんまりと笑った。
「骨切りの時に私が切ったのは骨だけじゃないんだ。肉の形を保ったまま繊維を完全に切り刻んだの」
骨切りという調理法の欠点は、身にも相当のダメージを残すことにある。
食材からは歯応えは失われて、どうしても柔らかすぎる食べ物になってしまうのだ。
本来の歯応えを楽しみたいなら、骨を抜くか、イサの施したような特別な調理法が必要となる。
どちらも実現には多大な労力が必要だ。
だが、リヨリは逆転の発想をした。
食材から、一切の歯応えを消してみたら?
イサから骨切りを教わった時から、その発想自体はあった。
その時はまだそれを達成する方法は無かったが、王女から宮廷料理の包丁技法を学び、そして今シーサーペントを見たことで、応用できることに気づいた。
この勝負の土壇場で、それを使うことを決めたのだ。
「なるほど、対照的な二つの歯ごたえのギャップを楽しむ料理か!」
ベレリが愉快そうに交互に口に運ぶ。
歯を押し返すような強い弾力を持つ肝と、歯応えをまるで感じないはかなく崩れる腹身。
食べれば食べるほど、引き込まれていきそうな感覚だ。
「……いや。それだけじゃない」
交互に食べる吉仲が驚いた声を上げる。
レバーと腹身、どちらもこってりとした部位だ。だが、味でもまた、大きく差がついている。
腹身を食べるほどレバーの旨味が引き立ち、レバーを食べるほど腹身を食べたくなる。
「この腹身の味は……酢……いや違うワインビネガーか!それも……ちからの実の!」
観客がざわめく。リヨリが頷いた。
「そう。赤ワインに混ぜて、リャクナクのワインビネガーを使ったんだ」
長期間収穫できる“ちからの実”ことリャクナクの実は、果実酒の原料としてもよく使われる。そして、果実酒はさらに酢酸発酵することでワインビネガー、正確にはフルーツビネガーとなる。
リヨリは、それを使ったのだ。
肝の、グリフォンの油で引き立った旨味、濃厚な血の風味は、赤ワインとリャクナクの風味でより重厚で高級感のある味が感じられる。
対して柔らかく軽い食べ味の腹身は、フルーツビネガーの風味が強く感じられ、さっぱりと食べられる。
一つの皿、一つの料理で二つの食感と風味となるように調整されている。
その二つが交互に来ることで、無限に食べられそうな錯覚を与えるのだ。
後攻を選んだのも統一感を増す時間を増やすためだ。
馴染む時間が少なければチグハグな味になるだろう。
グリフォンの肝のオイル、骨抜きと共に行った腹身への細工、そして、少しでもなじませる時間を増やすための後攻。
リヨリの料理は全てが綱渡りの上で構築されていることに、イサが愕然とした。
「こんな勝負の土壇場で……おっかなくねぇのか……お前」
リヨリがヤツキより優れているのは発想力かと思っていたが違った。
もしかしたら発想自体に差はないのかもしれない、だが無茶の仕方が段違いだ。
失敗に対する恐怖心が欠如しているとしか思えなかった。
「そりゃ怖いけど……でもシーサーペントで普通にやってもイサさんには絶対に勝てないじゃん」
全ては、イサに本気で勝つためだった。綱渡りは、成功した。




