ほどける腹身
口の中でとろけるよう、という、使い古されたフレーズがある。
だが、肉に使う場合は脂身の多い肉の脂が溶け出しているに過ぎない。
脂の旨さでとろけるように感じることはあれど、肉は依然としてそこにあり、実際に溶けて消えるわけではない。
しかし、ベレリの口中にあった腹身の肉は、咀嚼する間もなく崩れ、消え去った。
「え……?」
食通や司会の驚きも意に介さず、ベレリは混乱したまま、もう一切れ口に運ぶ。
ベレリが食べた腹身の煮込みステーキは、歯に当てると共に実際にほどけたのだ。
溶けて消えたわけではない。だが、咀嚼する際の歯ごたえも何もなく、口の中で崩れ、粒度は細かくなり続け、そして気づかないほどに微細になる。
ベレリの言葉で腹身にナイフを入れた食通達が全員、一様に絶句する。
柔らかすぎるのだ。魚介の中でも特に柔らかい部位とはいえ、なんの抵抗もなくスッと刃が入るのは尋常ではない。
しかしその想像を絶する柔らかさとは対照的に、フォークで持ち上げることは容易い。不思議な感触だった。
吉仲とガテイユも口に入れる。すぐにベレリの言葉の意味が分かった。
「ほ……ほどけた」
「なんだこの柔らかさは……!」
口に入れたと思った瞬間。腹身はハラハラと解けたのだ。
ついでシイダとマルチェリテも驚く。
噛んでも何の歯応えが無い。
それでいて、腹身の脂の濃厚な旨味が口中に広がる。
ゼラチンやジュレなど、口に入れて淡く溶ける食べ物ともまた違う。
細かな粒に崩れていくような、今までに食べたことのない食感だった。
言葉を失い、歯ごたえもなく崩れていく腹身の肉を食べ続ける食通達。みな一様に狐につままれているような表情をしている。
ベレリは、歯ごたえのある物を食べたくなった。
味そのものは煮込みステーキ、だが歯ごたえがないアンバランスさに身体が違和感を覚えたのだ。
肝のステーキをもう一切れ食べようとナイフを入れる。
今度は自分の欲求に抗うようになかなか切りにくい。柔らかすぎるものを切っていたせいで力加減が分からなくなっていた。
ベレリが驚きの声をあげ、急に交互に食べ始める。
「腹身の柔らかさが肝の歯応えを引き立て、肝の硬さが腹身の食感を恋しくさせる!なんだこの料理は!」
もはや、フォークとナイフは止まらなかった。
交互に食べているうちに、陶酔感がベレリを襲う。
「……練習させた骨切りより時間が掛かったと思ってたが……リヨリ、お前、何をした?」
イサの問いかけに、リヨリが笑った。