相乗効果
シーサーペントの肝の生臭く感じる臭いをグリフォンの肝の油の香気で感じなくさせる。
他の匂いを用いて、臭いを感じなくさせるのがマスキングと呼ばれる技法だ。
今回リヨリが施したのは、強い臭いを和らげる香気で、特色でもある磯の香りは保ちつつも生臭さを減らしている。
そして、他にもう一つの効果があると言う。
「もう一つの効果……ですか?」
マルチェリテが肝ステーキを食べる。
新鮮なシーサーペントの肝の味だ。旨味は強いが、特に何か変わったようには感じない。
「吉仲さん、分かりますか?」
吉仲も舌に神経を集中させて味わう。
だが、確実にこれが違うというのは言えなかった。
「うーん……前に何度か食べたシーサーペントの肝より旨味はあるけど……グリフォンの油の味も強くは感じないし……」
吉仲の言葉で、ガテイユがハッと気づいた。
「これは、まさか……旨味そのものが……増えているのでは?」
吉仲は驚いたようにガテイユを見る。
吉仲がシーサーペントの肝を食べたのは都に来てからの数回だが、ガテイユは子供の頃から食べている。
修行としても仕事としても、何千何万ものシーサーペントの肝を食べてきた。
そして、今食べた肝は、それまで食べたどのシーサーペントよりも旨味があったのだ。
最初は大会のために特別に用意したシーサーペントだからかとも思った。
だが、吉仲も気づかぬ変化があるとすれば、味が変わったことではないかもしれないと気づいたのだ。
リヨリが頷く。
「旨味の相乗効果ってヤツだね。極微量のグリフォンの肝の油の味がシーサーペントの肝の足りない味わいを与えて、強くしているんだ」
海の生物であるシーサーペントの肝と、陸の生物であるグリフォンの肝、同じ部位でも細かな成分は異なる。
複数の食材を煮出してスープやダシを作ると、一種類の時より旨味が強くなるのはそのためだ。
ただし、これもシーサーペントの肝の味を引き立てるために、グリフォンの肝のオイルを意図的に少なくしている。
そうすることで、シーサーペントの肝の味が強まったように感じるのだ。
「……グリフォンの肝の油で、ここまでおいしくなるなんてね」
シイダがもう一切れ食べる。
これなら、いくらでも食べられそうだった。
リヨリは微笑み、イサですら感心した表情を浮かべる。
シイダがシーサーペントの肝に舌鼓を打っている間に、肝のステーキを半分ほど食べたベレリは、もう一枚のステーキを切る。
「こっちは腹身か。だが、この旨味に匹敵する腹身の肉など……」
シーサーペントの腹身のステーキは食べたことがある。
肝に与えられた驚きと衝撃に比べれば、腹身のステーキは想像の範囲内だろう。
何より腹身には、秘策のグリフォンの油を使えなかったのだ。
せめて肝のステーキを食べ終わる前に、片付けておくか。それくらいの気分だった。
腹身のステーキは、さっさと片付けたいという自分の心情を表すようにやけにあっさりと切れた。
ベレリはもはや落胆を隠そうともせず口に運ぶ。
「む……」
腹身のステーキは、噛もうとしたベレリの歯に、なんの歯ごたえも与えなかった。
自分でも何が起きたかわからない。
「ほ……ほど、けた……?」
それだけを言うのが精一杯だった。