秘密の入り口
リヨリは弾かれたようにカチに向き直る。
「本当にカチじぃ?聞いたことないよ!?」
「ふむ。そういえばヤツキも先代、いや今は初代か……ランズから聞くまで知らなかったみたいだしの。ヤツキも亡く、ナーサも知らないならワシが教えても良さそうじゃな。イサも知らんかもしれんし」
カチは穏やかに微笑み、お茶をすする。
「えぇ……この辺で私の知らないダンジョンがあるなんて、魔女失格だわぁ」
「ナーサさんでも、知らないことあるんだね」
「そりゃそうじゃ。ランズ……初代がこの店を始める前に見つけて、当時村にいた魔女の手も借りてうまく隠しておったからの。ワシは若い頃に手伝いに入って知ったが、他の村の連中も知らんよ。……よし、早速今から行くか、魔女がおればそうそう危険も無かろう」
カチは矍鑠と笑った。吉仲は、カチが昔猟師だったことを思い出す。
「でもカチちゃん、私に教えて良いのぉ?後でこっそり一人で入って根こそぎしちゃうかもよぉ?」
「そんなこと言って、お前さんがリヨリが悲しむことをするとは思えんがの」
見透かされている。ナーサは肩をすくめて微笑みを浮かべる。品物を仕舞い、ダンジョンで手に入らなかった物を売ることにした。
昼下がり、カチの案内で村はずれの古びた祠の前に立つ。ここがダンジョンの入り口らしい。
民家は遠く、周囲は木立と藪に囲まれた狭い空間に、縮こまるように置かれている。
たしかにこの場所を知っていなければ、現地人でも見つけられないだろう。仮に見つけられたとしても、打ち捨てられたただの祠にしか見えない。
祠は人の膝丈くらいの石造りで、屋根や壁の装飾は摩耗し、かすかに模様の痕跡を止める程度だ。
色も剥げ落ち、むき出しの石の色と生え放題の苔のために、遠目だとただの岩にも見えるだろう。中を覗くと白い石の円盤が収まっている、祠より新しいことは見て取れた。
無名神話時代の物で、今や誰からも相手にされず苔むしたまま放置されているとカチは説明した。リヨリは感心するが、吉仲には古いことしか分からない。
「この辺はいつも上を通るけど、今まで魔力を感じたことないかなぁ」
「じゃろうな。たしか……ここに……」
祠の裏に手を伸ばし、カチは石像を取り出した。人の手に収まるサイズで、多少古びているが祠よりは新しい。震える骨張った手で泥を拭うと、円盤と同じ石の白色が姿を現した。
「ヤツキも倒れる前まで入っていたようじゃの……」
「なるほど、それが鍵だったのねぇ」
カチから鍵を受け取り、リヨリがマジマジと見る。人を粗く象っているが、顔も無ければ足もない。頭の部分が小さくくびれ、胴体から腕が生えているから人と認識できる程度の石像だった。
「なんで父さんはコレを家に置かなかったんだろ」
「さあのう。料理以外はこだわりの無い男だったから、初代がそうしてたからという理由だけかもしれんし、それとは別にお主にいたずらされるのを防ぐためかもしれんの」
「むー……」
笑うカチにリヨリは膨れるが何も言わない、家にあったらたしかにいたずらしていたかもしれないと思ったからだ。
ナーサがリヨリに手を伸ばした、リヨリが石像をナーサに渡す。ナーサは像の背中を軽く撫で、しばらく像をじっと見つめた。
「……あら、これおば様の手の物ねぇ……」
「ランズの依頼で、当時村に滞在していた魔女が作った物じゃ。お前さんの知り合いだったか」
「魔女は縄張りが広い割に、コミュニティは狭いからねぇ。師匠、というほどでもないけど、昔何度か手ほどきを受けたことがあるわぁ」
ナーサはリヨリに石像を返し、祠に入れるように指示をした。リヨリは頷き、その通りにする。祠の中に収められた像の表面が光の文字が浮かび、一文字ごとに上下左右とバラバラに動き、やがて一つの形に収まる。複雑なスライドパズルを見ているようだった。
リヨリと吉仲は驚きの声を上げ、ナーサも興味深そうに見ている。カチャンという小気味良い音と共に、祠が奥にずり下がり、階段が現れた。
「これが……」
「たしかに、芳醇な魔力の香りがするわねぇ……」
ナーサが、うっとりとした。




