煮込みステーキ
リヨリが審査員の前に料理を並べた。
<吉ちゃん吉ちゃん!リヨちゃんの料理よぉ!>
満足感に身をゆだねる吉仲の耳元でナーサが叫んだ。
一品目のイサの料理で、すでにこの満足感だ。これからあと三品食べると考えると、身が持たないかもしれないと吉仲は思った。
「あ、ああ。わかってるよ」
作っている工程こそシチューだったものの、そこには茶色のソースがかかった二枚の大きな切り身。
上に載っているのはシーサーペントの肝で、下は腹身。付け合わせの野菜が目にも鮮やかだ。
ただ、見た目にもこだわったイサの渾身の料理に比べるとどうしても見劣りがしてしまう。
吉仲は最初の料理勝負を思い出した。クオリティは段違いだが、展開はまったく同じだ。
「シーサーペントの煮込みステーキだよ!召し上がれ!」
「煮込み……ステーキ?」
通常焼くステーキと違い、大振りな肉は煮込まれている。ただ、シチューと異なり、煮込みステーキは肉が主体だ。
艶々と輝くソースをまとう、大振りの肉は、見栄えこそしないが旨そうだった。
そして、蠱惑的なほどの複雑かつ豊潤な香り。
審査員達は、喉を鳴らした。今食べたばかりなのに、再び空腹が押し寄せるようだった。
「グリフォンの肝の香りはする……するが……」
ガテイユが、フォークでソースをすくい舐める。
赤ワインベースのソースは基本に忠実。深いコクと酸味の中に何かしらの果実感も感じられ清々しい味ではあるが、あくまでよくできたソースにすぎなかった。
「私……シーサーペントの肝って苦手なのよね。焼いても揚げても生臭いし……」
シイダは辟易した顔で肝のステーキを眺める。どうしても食べるのは気乗りしないという風情だ。
吉仲が、ゆっくりとシーサーペントの肝を切り出し一口食べる。
ナイフを入れた時の肝の手応えが、その肉厚さを証明しているようだった。
「……ん。いや……臭みはまるでない……それに、間違いなく、シーサーペントの肝の味だ。だけど……でもなんだ!?旨味が段違いだぞ!」
吉仲の言葉の後、一口食べた食通達は目を見張る。
「これは……本当にシーサーペントの肝なのか!?味の深みと風味が段違いだ!」
「それにこの歯応え!肉厚のステーキのような食べ応えです!」
「き、肝の生臭さがまるでない……こんなにぶ厚く使い、血抜きの時間もあれほど短かったのに……」
シイダは横に座る食通達のリアクションの大きさに驚つつも、よくあることだと話半分に聞いていた。
様々な店で、他のと違って生臭くないから食べてみろと勧めてくる食通も多かったが、レバーが苦手な人間にとってはその微かな臭いが鼻につく。舌で感じる。
たしかに大分マシではあったが、あくまでそれはマシでしかない。
シイダは今までシーサーペントの肝をおいしいと感じたことはなかった。しかし、審査員であるシイダに嫌いだから食べないは許されない。
意を決し、可能な限り小さく切って一口食べる。
「え……お、おいしい……?」
シイダにとって、はじめての感覚だった。