最後の味
「これこそが“鯨波”のイサ!魚介と包丁技術に生涯を捧げた男の本領だ!」
司会の声にアリーナが一際大きな歓声を上げる。
「まさか……イサさんも宮廷料理の技術を使えるなんてね……」
警戒するようにリヨリが呟いた。
王女に匿われ、触りだけとはいえ包丁技術を教わったアドバンテージが砕かれた気分だった。
「王女様とお前が見せた宮廷料理の包丁技で、元がその技術なのは間違いないと確信した。……だが、俺が見たのは大昔、薄暗がりで一度だけだ。元の技とは違うかもしれねぇがな」
イサが呆れたように肩をすくめる。
その言葉にシイダは考えこむ。宮廷料理に無いのは、実は違う料理技法だったからかもしれない。
「さて、どうだい俺の八つの部位を使った味は?」
気を取り直したイサが審査員を見る。吉仲は不思議そうな顔をした。
「いやでも……刺身を入れても七種類の部位しかないぞ?」
吉仲が不思議そうに声を上げる。八本の頭の内、焼かれた背身が二本あったのだ。
食通達は同意するように頷いた。
「それとも……蒲焼と白焼きは別ということですか?」
イサが訂正するように指を振り、皿を指差す。
「それが最後の味さ」
「……う、鱗?」
イサが指差したのは、食通達の皿の真ん中に唯一残った鱗だった。油でてらてらと輝いているが、無骨な鱗は到底飾り以上の何かには見えない。
食通達の驚く顔を見て、イサがにんまりと笑う。
「これ……食べられるの……?」
シイダが箸を鱗に当てる。
力はほとんどこもっていなかったが、鱗ははかなく割れた。
「おおっと!一体なんだ!?抜群の硬さを誇るシーサーペントの鱗が、ポットパイのように簡単に砕けた!?」
観客達がざわめき、食通達は目を見張る。イサは楽しそうに笑った。
吉仲も同じように割り、鱗のかけらを口に運ぶ。
「……あ!甘い!」
「ええ!鱗のお菓子ですね!」
吉仲の声にマルチェリテが続き、他の食通達も食べはじめる。
「よく蒸して熱を加えた鱗を、さらに素揚げにしてシロップに漬け砂糖をまぶす。そうすると鱗とは思えないほどハラハラと崩れる菓子になるのさ」
「だけど……甘いだけじゃないな。鱗の塩気も感じるよ」
吉仲の言葉にベレリが頷く。
砂糖の甘味がメインで、シロップ自体は甘さ控えめ、どこかしら塩の風味も感じる。
鱗に残った潮の香りともマッチした、シーサーペント料理の締めくくりにふさわしいデザートだった。
「形はともかく、確かな技術に裏打ちされた正統派の料理かと思ったが……最後にこんな驚きを持ってくるとはな」
ガテイユは半ば放心状態だ。修行時代の若き日から知っている身としては、その成長を恐ろしくも感じる。
「……シーサーペント一匹の全ての味わいを、八つの異なる味にまとめ、一皿に凝縮する!そのうえ前代未聞のシーサーペントの刺身に、空前絶後の鱗のデザート!恐るべき料理だ!」
尾の蒸し焼き、背身の白焼きと蒲焼、頰肉の煮込み、中落ちのネギトロ、炙り焼きされたカマ、腹身の刺身とカマトロの刺身、そして鱗のデザート。
食通達は一様に、シーサーペントを丸ごと一尾を食べ切ったような満足感を覚える。
リヨリは、彼らの姿を見て不敵に笑った。