八つ首盛り
リヨリとイサは、二人とも大きく息を吐いた。
イサは器用に五枚の皿を持ち上げ、審査員の前に並べる。
「先に行かせてもらうぜ。切った後の鮮度が大事なんでな」
イサの言葉にリヨリは頷く。自分の料理はむしろ後からの方が都合が良い。
「おおっ……」
食通達がそれぞれ驚きの声を上げる。
イサの皿は中央に鱗が乗り、そこから放射状に八つの料理が盛られていた。
放射状となったそれぞれの終端には、飾り切りされた薬味や根菜、食用花などのツマが載っている。
「……これは美しい」
「ええ……まるで宮廷料理のような美しさね……花の見立てかしら?」
ベレリとシイダが感心するように、ほうっとため息をついた。
「花というより……この薬味、まるで頭みたいだな」
吉仲は皿に顔を近づけて飾り切りを眺める。
飾り切りされたツマはそれぞれ一様に目のような模様が刻まれ、角のような突起が生えていた。中には口や鼻がある物もある。
詳しく見るほどに精細なディティールで、どのタイミングでこんなものを切る余裕があったのかと思うほどだ。
イサが満足そうに頷いた。
「ヤツキとお前の故郷には、ヤマタノオロチとかいう魔物がいるんだろ?なんでも八本の首を持つ巨龍だとか」
「え?」
異世界で聞くとは思わなかった名前に吉仲は戸惑った。
「あー、昔お父さんに聞いたことあるかも。ヒュドラみたいな感じだってね」
そんな吉仲を尻目にリヨリが頷く。
「あ、ああ。ええと……伝説上の存在としてだけどな」
理由を聞いた吉仲も、曖昧に同意した。
「その話からアイディアを得た、一頭から八種の旨味。……シーサーペントの八つ首盛りだ、味わってくれ!ヤツキと戦う時のために温めておいた秘策の一つだぜ!」
料理をまじまじと見つめていた食通達が、箸を取り上げる。
思い思いに食べる箇所を決めたようだ。
「ほう、このしっかりと歯応え、吸い付くような旨味は尾の肉だな」
蒸された尾の肉を食べたガテイユが深く味わうように目をつぶる。
力強い尾の肉のしっかりとした歯応えは、蒸し焼きにされたことで旨みが閉じ込められムッチリとした食べ応えだ。
「ううむ、すごいな……小骨の多いはずの背身なのに、小骨が一切感じられない……」
背身の白焼きを食べたベレリの言葉に、同じく蒲焼を食べたマルチェリテがうっとりと頷いた。
「あれだけ細かく刻まれたことで小骨は柔らかく、それでいて最高の焼き加減のおかげで、背身の旨味も感じられますね。……それにこのタレの深い甘み、たまりません……」
骨切りの効果で、小骨は一切感じられない。
厚みのあるシーサーペントの背身は香ばしく焼かれ、さっぱりとした白焼きも、こってりとした蒲焼も都随一の味となっている。
「……これは、頰肉の煮込みだな。イサさんが最初の勝負で使ってた七種のダシがよく効いてる」
吉仲の脳裏に、あの時の料理勝負の味が蘇ってきた。
イサが仕込んだ五種のダシ、そしてシーサーペントの稚魚に染み付いたエビとカニの複雑な味がするダシ汁だ。
あの時はただうまいとしか分からなかったが、今の吉仲にはその全ての魚が分かった、そしてその絶妙な配合バランスも。
他に皿に盛られている龍頭は、骨と骨の間の中落ち部分や皮の裏などの脂の多い部分を香草と共にペースト状にした“たたき”と、じっくりと炙り焼きされ脂がすっきりと落ちた、ふくよかな味わいのカマ焼きだ。
どちらもまるで異なる味わいの料理だった。
そして、肝心要の刺身だ。
「このお刺身……小骨が一切存在しない……」
シイダが刺身を持ち上げ、まじまじと見つめ意を決して一口食べる。
遅れてすみません……ちょっとバタバタしてました