最後の仕上
混乱したのかと思われる一方で、そこからのリヨリの動きは早かった。
リヨリはオリーブオイルを熱するもう片方の鍋からにんにくを取り出し、五枚に切られたシーサーペントの肉を焼き始める。
グリフォンの肝のオイルを入れた鍋にはシーサーペントの肝を入れて、茹でこぼす。
食欲を誘う油の香りがアリーナ中に広がった。
同時に、焼き目がついた肉の鍋にバターを加え風味を付け、赤ワインとトマト、各種の香草を投入する。水分が急激に沸騰する時のジュワッという音が響いた。
「シチュー……なのか?」
吉仲の言葉に食通達が唸った。
肉は大振りだが、リヨリが作る料理はシチューで間違いないだろう。
「……ですが、問題はシーサーペントの肝です」
水と油は混ざらない。
茹でる際に油を加える行為にほとんど意味など無いはずだ。
油を加えることで湯の沸点が上がり、茹で上がりが早くなるというメリットはあるが、それは何もグリフォンの油である必要は無い。
リヨリは軽くくゆらせ、茹で上がるよりかなり前にシーサーペントの肝を取り出した。
調理に使う下ごしらえのために茹でこぼしただけのようだった。
「料理に使える水が悪い所では油でコーティングしてから調理することで、臭いをマスキングすると言いますが……」
ガテイユが言いにくそうに言葉を切る。
彼も話に聞いただけだが、それは火が通り過ぎない程度に熱した油に食材を通す工程を指す。
油膜を張るほどにたっぷりと油を入れるならいざ知らず、少量を鍋に入れた程度では、そこまでの効果はでないだろう。
水分を取った肝をスライスし、煮込んでいる鍋に加える。
司会が時計に目をやった。
「さあ!リヨリ選手の料理は果たしてどうなったのか!残り時間は三十分!」
煮込みを見つつ野菜を切り始めたリヨリを横目に、イサが新たにシーサーペントの身を切り出し始めた。
「この残り時間で、まだシーサーペントを切り始めるのか……!?」
ベレリがその様子に気づき、叫びを上げる。
イサは紫の刃を縦横無尽に振るい、カマと腹身を切り出す。
料理のほとんど終わった調理台に置き、精神を集中させた。
その鬼気迫る雰囲気を感じ取ったのか、切った野菜を蒸し器に入れたリヨリも顔を上げた。
流転刃を振るうと、紫の輝きを放つ柳刃包丁に姿が変わった。
玉虫色の輝きがより一層強まる。紫の夜空に星々が輝くようだ。
リヨリが自分を見ているのに気づき、イサがニヤリと笑った。
「リヨリ、よく見ておけ!」
神経を集中させたイサが流転刃を振るう。




