調理のはじまり
驚異的なスピードで背身の骨切りを終えたイサは、頰肉、首元のカマ肉、腹身、中落ち、尾と次々と処理を進める。
リヨリが腹身の骨切りを終えた頃には、全ての部位の処理を終えていた。
「刀工自慢のイサ選手!面目躍如の骨切りだ!」
「さすがは魚介の達人“鯨波”のイサね……。ここまでのスピードで魚を処理できる職人、世界を探してもほとんどいないでしょう」
シイダの言葉にベレリが頷いた。イサが手を叩き、気合を入れ直す。
鱗取り、解体、そして骨切り。どれもが一瞬の油断も許されない難度の高い作業とはいえ、あくまで下処理だ。
本当の料理はここから始まる。
イサは流転刃を振る。包丁は形を変えて、紫のフライ返しの姿を取った。
「包丁以外にもなるのか……」
「まさしく万能の料理道具だな、非常に興味深い。……まさかイサは、あの一本で全ての調理をするつもりか?」
「あのイサさんが切り札と呼ぶだけのことはありますね。イサさんはあの包丁をどこで手に入れたのでしょう?」
吉仲を挟んで二人が意見を言い合う。
ベレリは商人として売り物にできるかという視点からの興味であり、マルチェリテのは魔傀儡師の魔法道具に対する興味だ。
方向性はまったく別々なのに、妙に噛み合っているのが吉仲にはおかしかった。
真剣そのもののイサは周囲の言葉を流し、黙々と料理を続ける。
それぞれの部位を食べやすいサイズに切ってから、別々の調理を施し始めたのだ。
フライパンで焼き、鍋で煮込み、オーブンでグリルし、蒸籠で蒸し、酢と塩で締める。
包丁での下処理の時からスピードは一切落とさず、鍋とオーブン、調理台を行き来し手を加えていく。流転刃はその都度形を変えて、調理に最適な形を取っていく。
「随分、いろんな味付けをするのねぇ……」
シイダが興味を惹かれたようだ。
「複数の料理を出してくるつもりでしょうか?」
ガテイユがシイダの言葉に頷く。ベレリとマルチェリテも議論を止めてイサの動きを見た。
その時、リヨリの方から芳香が漂ってきた。
その匂いのあまり、空腹の吉仲の腹が鳴る。ダンジョンを走り回り、グリフォンと戦闘して空腹だったのだ。
「おっと……」
吉仲は照れ臭そうに笑い、急に増してきた空腹に腹をさすった。
リヨリは骨切りを終えた身をソテーしている。グリフォンの肝オイルの時と異なり、今度はしっかりと火を通している。
芳香の正体は、グリフォンの肝オイルのようだ。
ほんの少量、フライパンに垂らしたのだ。
リヨリはフライパンの中を見つめ、一口食べる。
顔をしかめたリヨリが皿に肉を置いて、フライパンをよく洗って再び身のソテーをやり直し始めた。
「おおっとリヨリ選手!?焼き上がったという雰囲気では無いぞ!」
リヨリは歯を食いしばり、ソテーを進める。その表情に余裕は無かった。
「リヨリは何をしてるんだ?失敗だったのか?」
<リヨちゃん……?>
吉仲とナーサが心配そうな声を上げる中、リヨリは再び一口食べる。
もう一度フライパンの中身を、一つ前の肉に重ねた。