骨切り
皮を引き終えたイサが流転刃に力を込める。
出刃包丁の形状は液体のように歪み、すぼまる。そして、三本の刀身が狭い距離で並んだ不思議な形になった。
「おおっと!イサ選手の包丁が新たな形状をとった!?」
「いよいよ骨切りですね」
食通達が頷いた。シーサーペントを料理する際の、最後の関門は小骨の処理だ。
シーサーペントもウナギやウツボ、蛇と同様の無数の肋骨を持つ。
そして、あらゆる方向に向かって脊髄や肋骨の横から生える肉間骨、さらに、頭の方から尻尾に向けて皮側から伸びる皮下埋没骨など、小骨と総称される様々な骨がある。
その無数の細い小骨で体を支えることで蛇行ができるのだ。
通常、ウナギやアナゴは小骨を蒸して柔らかくすることで処理するが、シーサーペントの小骨は普通に蒸した程度では柔らかくならない。
また、その身体のサイズから、一本一本の骨抜きでは到底取り除けないほどに処理すべき骨の数も多い。そこで、長い包丁を使い、ハモと同様に骨を切る必要がある。
イサが三又の包丁をかざし、深く息を吸い、そして呼吸を止める。
身体に力がみなぎると同時に腕が動き始めた。
「おおっ!すさまじいスピードだ!イサ選手の右腕が消えた!?」
作業台を覆う大振りな切り身に対して、高速でイサの腕が動く。
その速さたるや包丁が描く紫の軌跡が往復しているようにしか見えないのだ。ビジョンズに映し出された様子に、観客達が歓声を上げる。
「目が慣れてなんとか見えてきたけど、全然緩まないな……」
「ええ。それにあの動きの精密さ、まるで魔傀儡ですね。……三又の包丁を使っているとは思えません」
吉仲とマルチェリテが感心する。
三又の包丁は通常の包丁より切る時間を三分の一に短縮できるが、均一に包丁を動かすのは至難の技だ。
隣の切り目との幅がずれると食べ口を損なうが、左右にも刃があると動かす距離は三倍になり、正しい位置に置きにくくなる。
「しかも……包丁を傾けていてあの速度です」
同意するようにガテイユも声を上げた。
小骨の多くは根元こそ胴体の真横に向けて生えるが、成長に伴い後ろへ押しやられ、頭から尻尾側に流れるように生える。
通常の骨切りは身を縦に切るが、それでは骨の切り口が斜めに鋭く、口当たりが悪くなることがある。
イサは骨の断面をまっすぐ切れるよう、斜めに包丁を入れているのだ。
ただし、直角に入れるのと異なり、同じ深さで入れ続けるには抜群の身体感覚が必要となる。
目視では確認できないが、実は三又の包丁は斜めに傾けた時に刃の先端が揃うように段がつけられている。
食材の体構造の熟知と熟練の技術、そして道具である魔包丁、全てが噛み合って産まれる超絶技巧だ。
リヨリも腹身を取り出し、骨切りを始めている。
イサに教えを受けただけのことはあり、その手は速く、またちゃんと斜めに包丁を入れている。だが、その動きはイサに比べるとさすがに心許ない。
イサは尾の端から徐々に切り目が増えていく。今やすでに全体の五分の一の処理が済んでいた。