二つの肝
イサがシーサーペントから身を切り出し終え、一息つく。流転刃の煌めきがやわらいだ。
肉をザルから作業台に移し、今度は個々の肉の処理を始める。まずは皮引きだ。
呼吸も忘れ見入っていた観客や食通が同じようにため息をつくと、司会が振り向いた。
「……さて、一方のリヨリ選手。こちらは……刻んだグリフォンの肝をソテーしている?」
リヨリは、イサの流麗な包丁捌きに目もくれず、自分の作業に集中していた。
フライパンの上で、細切りにしたグリフォンの肝を丹念に焼く。ただし、フライパンは火元から遠く離している。
「ソテーの割に火から遠いんじゃないか?あんまり焼けている感じがしないけど……」
「たしかにリヨリ選手!これでは火が通らないぞ!」
焼くというより、フライパンをかざしていると言う方が近い。
フライパンを近づけたり離したり、まるで子供の料理ごっこのようだ。しかし、表情は真剣その物、何かを狙っていることは間違いない。
吉仲がガテイユを見る。ガテイユは口をへの字にした。
リヨリが何をしているか分からないのだ。そして、そういう時ほど奇想天外な料理が生まれる。
「……ううむ。おそらくですが……焼いているのではなく、油を出しているのでは?」
ガテイユは自分が持つ知識を総動員し仮説を立てた。
動物から採油する油脂は、鶏の皮を炒めて出す鶏油や、豚の皮を茹でて出すラードやシュマルツが有名だ。
脂肪がたっぷり蓄えられたレバーは融点が低く、すぐに熱が通り旨味である油が溶け出す。
リヨリはフライパンを台に置き、隣で沸かしていた湯に皿を少し浸す。そして、よく拭いて作業台のフライパンと取り替えた。
リヨリがフライパンを傾けると、薄茶色のとろみのある液体が皿に滴る。
やはり油を取ろうとしていたのだ。
「……簡単にやっているように見えて、相当の技量を要求されるはずですが……」
決まった時間熱を加えれば放置していても抽出できる鶏油やラードと異なり、融点の低いグリフォンの肝を熱する場合、その火加減がネックとなる。
低いとまったく溶け出さないが、少しでも高いと一気に焼けて油が焦げ付き台無しになる。
採油できる六十度前後の温度をフライパンの距離だけで保つのは至難の技だ。
グリフォンの肝の様子を見つつ、最高の距離を保ち続ける必要がある。
遊んでいるように見えた動きは全て、その細かな調整のためだったのだ。
「なるほど!リヨリ選手の技術が光る採油だった!」
「……しかし、肝そのものじゃなく油を使うのか?」
ベレリが少し残念そうに呟いた。
食通たるもの、一度はグリフォンの肝そのものを味わってみたい気がしたのだ。
「たしかにそうねぇ、グリフォンの肝だけでも全く想像が付かないのに、その油というのは……」
シイダが同意する。リヨリの料理の全体像は相変わらず掴めない。
グリフォンの油を抽出したリヨリは、シーサーペントの内蔵の処理を始める。
大振りに切ったレバーから筋や血合いを取り除き、隠し包丁を入れて、水で洗う。血抜きをするようだ。
「グリフォンの肝の次は、シーサーペントの肝ですか……」
不思議そうな声を上げるマルチェリテは、心なしか嬉しそうだ。料理の全貌は掴めないが、彼女の好きなガッツリ系の料理になりそうなのは分かる。
「今度は随分と大きく切るな……」
「たしかに、あれでは魚臭さが強く出てしまう。……どうするつもりでしょう?」
血抜きのためにシーサーペントの肝を氷水に浸けたリヨリが、手を洗った。