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異世界グルメ王 牛丼屋バイトが最強味覚を手に入れて、料理バトルの審判に!  作者: トラウマ未沙
料理大会準決勝:シーサーペント(前)
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流転刃

液体のように歪み、包丁の形を無くした紫の包丁は、一瞬力を溜めるように縮んだ後、巨大な扇のような形に変わった。


イサがシーサーペントの横に立ち、尾から頭に向けて紫の包丁を押す。イサの一押しで、枯れ草でも刈るように無造作に硬い鱗がゴリゴリと剥がれ落ちた。

扇の側面はシーサーペントの胴体に沿って緩やかにカーブしているため、フィットして鱗が剥がれて行くのだ。


シーサーペント調理の難しい所の一つに、鱗の固さが挙げられる。


リヨリのように腹身を選べば通常の魚と同じ程度に手間を軽減できるが、それ以外の部位を使おうとすると、スケイルメイルにも使われるほどの鱗の硬さに手こずることになる。


皮にしっかりとくっついた大きな鱗を包丁で削ぐのは至難の技で、下手な道具ではすぐに使い物にならなくなる。また、鱗の形状で自分の手を傷つけることも多い。

シーサーペントの鱗をいかに綺麗に剥げるかで、料理人の技量が試される。


だが、今や包丁とは呼べない形状をしている紫色の包丁は、やすやすとシーサーペントの鱗を剥いでいく。

真剣な面持ちで刃を振るうイサの脳裏に、去来する思い出。



――十五年前、リストランテ・フラジュ。

イサは長年のライバルでもあり、弟弟子でもあるヤツキに敗れた。その直後のことだ。


「イサよ……」


敗北を喫した夜、一人厨房で悔しさに歯噛みするイサに、師・ランズは震える腕で白い包みを持ち、話かけたのだ。

包みは、薄く平たい。イサは、包みの中身が包丁だとすぐに気付いた。


「……師匠?……どうしたんです?無理はいけませんよ?」


長年の闘病生活で衰えたランズの身体はかつての力を無くし、今や包丁一本持ち上げるのもやっとという風情だ。イサには、それもまた悲しかった。


勝負に敗れ、世話になった師匠に何も恩返しできない自分が悔しかった。

だが、ランズはいつもと変わらぬ調子でイサに近づく。


「イサ……この店を始める時、私はただ一つの物を残し全てを捨てた。……最後に残った物は、亡き父から受け継いだ家宝の……この包丁だけだ」


ランズが、ゆっくりと包みを開く。イサが驚き、目をみはった。

紫色の包丁が、玉虫色の輝きを放つ。


「し、師匠!その包丁は!」


一度だけ、修行中のイサがその包丁を洗おうとしたことがある。しかし、ランズはそれを大声で止め、触らせもしなかった。

厳しくも優しいランズがイサに本気で怒鳴ったことは、後にも先にもあの一度だけだった。


「……ドワーフの名工が、オリハルコンと流体魔法生物の合金で打ち固めた魔包丁。持つ者の気魄に応じて無限の形をとる、流転刃。――イサよ、お前にはこれをやろう。ヤツキに継がせるこの店より、よほど値打ちのある物だ」


イサは、突然の言葉に戸惑った。


「で、ですが師匠……そんなすごい包丁、俺なんかよりヤツキの方がふさわしいのでは?」


「いいや。イサよ、お前の腕はすでに一級。……技量のみで言えば、世界を旅し腕を磨いたヤツキですら一歩退くだろう」


師は震える腕に力を込め、躊躇するイサの腕を取る。そして包丁の柄を握らせた。

ランプの光を受け、刃が玉虫色に煌めいた。


「それに……修行を積んだヤツキと言えど、気性のムラっ気は克服できなかったと見える。流転刃はどっしりと心を鎮めて振るわなければ、持つ者を惑わせる……」


イサは困惑の表情で紫の包丁を見つめた。

その輝きは、たしかに何か誘っているような、心をざわつかせる感じがする。


「私がこの店を開いた時の、多くの者と食の喜びを分かち合いたいという願い、その精神(こころ)を受け継いだのはヤツキだった。……それがお前たちの勝敗に影響したのかもしれん」


イサがランズを見つめる。イサの心情を反映したのか、流転刃の光が弱まる。


「だがイサよ。……お前は私の、宮廷料理を除く全ての技術を受け継いだ。……安定した精神と、安定した技量を持つお前こそが、流転刃を受け継ぐにふさわしい」


ランズがイサをジッと見つめる。その目の輝きは、我が子の成長を喜ぶ父の瞳だ。

イサの目から、思わず涙が溢れる。師は、無理矢理押しかけ居座ったイサにいつも慈愛を持って接してくれていた。


そして今も、敗北したイサを本気で案じてくれている。


「お、俺は……」


「……そうだな。もし自分への自信が無くなったのであれば、最後の修行をやろう。……お前に足りない物、何か分かるな?」


滂沱の涙を流すイサの前に、ヤツキが浮かんだ気がした。

イサが、力強く頷く。その手に握られた包丁はイサの気と共に輝きを放った。


「ヤツキのように世界を回り、色々な料理を見て、味わって、作っていこうと思います。今の俺にこの包丁は手に余るかもしれない……」


涙を拭ったイサが流転刃を見る。輝きが、徐々に強まって行く。


「だが、まだ見ぬ料理、まだ知らぬ食材を味わうと共に腕を磨いていき……手に馴染ませていきたい」


師匠は満足げに頷いだ。思い残すことはもう無い、とでも言うようだ。


「そう、それで良い。それが私への最高の恩返しだイサよ。……だがな、ヤツキの真似はするな。お前はお前の道を行けば良い」


イサはもう一度頷いた。


「……ありがとうございます、師匠」


口を締めて包丁を握りしめると、紫の刃は穏やかな輝きを放った。



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