紫の刃
グリフォンの肝を取り出したリヨリが、シーサーペントに駆け寄り鱗を剥ぐ。
鱗の薄い腹周りの肉だったことで、ほとんど時間を掛けずに肉の切り出しに移ることができた。
脂の乗った腹回りの肉を切り出し、そこから繋がるシーサーペントの内蔵も一緒に取り出す。
一度食材を置き、香草や調味料も一緒に持ってくる。リヨリの使う食材が揃ったようだ。
「これで、よしっと……」
再び手を洗い、リヨリが深く深呼吸をする。
「さていっちょ、お手並拝見と行こうか」
シーサーペントの隣に立つイサも、リヨリを眺める。
深く、深く深呼吸をしたリヨリは精神を集中し、包丁を取り上げ、グリフォンの肝に包丁を入れる。
細かい血管を取り除き、使うサイズにリズミカルに切り分ける。
手の動くスピードはトーリアミサイヤ王女との戦いで見せた時よりも遅い。
しかし、その時よりも処理速度は確実に上がっている。見る見る内に肝臓の塊を切り分けていく。
その繊細にして大胆な包丁捌きは、これまでのリヨリの物とは根本的に異なっていた。
「な……馬鹿な!……あれは……!」
ガテイユが立ち上がって叫ぶ。
細かい血管を取り除く刃がそのまま切り分けに繋がり、包丁で切り分けた物を脇に寄せるのと同時に左手で塊に手を伸ばし、塊を切り出す時に最初の切り分けに繋がる形となっている。
見る見る内に白い巨大な塊から糸ミミズのような細かい血管が取り除かれ、細切りになっていった。
「ありゃあ……王女様が使ってた宮廷料理の包丁技法じゃねぇか」
イサも手を止めつぶやく。司会がリヨリに駆け寄った。
「おおっと!これはどういうことだ!?リヨリ選手が宮廷料理の技法を使うとは!?」
集中したリヨリは周囲の声など聞こえていない。自分の作業に没頭している。
「試合の時の王女様の手並を見て、覚えたんでしょうか?」
「いや……リヨリは今みたいに集中していて、相手のことなんて見てなかったよな?」
首をかしげるマルチェリテに、吉仲が首をかしげて返した。
<昨日までリヨちゃんの居所が分からなかったじゃない。リヨちゃんを匿っていたのは、トーリアミサイヤ王女だったみたいねぇ>
二回戦の翌日のことだ。
吉仲がオリバーに市場に誘われたのとほとんど同じタイミングで、リヨリは王女の使いに召し出されていた。
ナーサ達がリヨリに会わなかったわけではなく、結局リヨリは市場に行かなかったのだ。
もちろん王女が噂の広がりを危惧したのも少なからずある。
だが、それ以上に伝統や格式といった凝り固まった考え方をしないリヨリもまた、宮廷料理の技法を広めるという王女の野望に役立てられると目を付けられていたのだ。
ナーサは出て行く王女に話しかけ、そのあらましを聞いていた。
「なるほどな……王女がリヨリに教えてたのか」
<三日間でやったのは基本の触りだけって言ってたけどぉ、ホント物好きな王女様よねぇ>
ナーサが呆れた声をあげる。
吉仲がその話を食通達に伝えると、ベレリは痛快そうな顔で笑い、シイダとガテイユは顔をしかめた。
「へっ。グリフォンの肝に宮廷料理の包丁技法か。課題が俺に有利だからって余裕かます暇は無さそうだな」
イサが持っていた、小さい板に巻かれた白い布を取り除く。
紫に輝く包丁を解き放った。刀身は日光を受けて、玉虫色のように色が変わる。
グリフォンとの戦いで使っていた長刀のようだ。だが、長さが違う。
「さて、コイツを料理勝負で使うのも何年振りかな……」
紫の包丁はイサの手の中で、グニャリと形を歪めた。