グリフォンの肝
「グリフォンの内蔵!?」
司会の声に、アリーナがざわつく。
「そ、さっき私達が戦ったグリフォンのね!冒険者の知り合いにお願いして、内蔵を持ってきてもらったんだ!」
重そうに木箱を調理台の近くに移したリヨリは手を洗い、必要な部分の内蔵を取り出していく。
「……さっきダンジョンクローラーとコソコソ話していたと思ったら、それか……抜け目ねーな」
その存在はもちろんイサも知ってはいたが、勝負で使うことまでは思い至らなかったのだ。
「あ、そうだ。イサさんも半分使う?」
吉仲、イサと三人で倒したグリフォンだ。イサにも使う権利がある。
だがイサはニッと笑って首を振った。課題の時点で勝負は決したかと思ったが、まだまだ楽しめそうだ。
「いいや、俺のレシピには入らねぇ。好きなだけ使えよ」
リヨリが箱を探り、獅子の下半身と同じ、純白のレバーを切り出す。
そこからさらに一欠片を切り出し、調理台の火で炙った。薄く焦げ目のついた欠片を頬張ると、リヨリの顔が見る見る微笑みに変わる。
「う~ん、話に聞いてた通り……」
レバーを咀嚼したリヨリは、ウットリとため息をついた。
豊かな風味、滑らかな口当たり、そして強烈な脂の旨味と共に、至福と恍惚がリヨリの全身を突き抜ける。
「グ、グリフォンの肝……?」
「世界七大珍味か!」
シイダがつぶやき、ベレリが叫んだ。
――グリフォンは、その旺盛な食欲についてもよく知られる。
外界で育ったグリフォンは何頭もの牛や馬を一度に食べるという逸話は、枚挙のいとまがない。
当然、ダンジョン内のグリフォンも広大な自分のテリトリーで、好きな時に好きなだけ食べる。
捕食対象はテリトリー内に棲息するあらゆる魔物と、深層の木々になる魔力と糖をたっぷり蓄えた果実だ。
それでいて主に魔法で戦い、天敵と呼べる魔物もいないため、激しい戦闘をすることも、逃走に駆られることもほとんどない。
グリフォンがいる場では、グリフォンは常に生態系の頂点に君臨する。魔物の王とも呼ばれる由縁だ。
一方それらの理由で、実はあらゆる魔物の中でも、一番多く内蔵に脂肪を溜め込んでいる。
鷲の身軽さと獅子の竣敏さで戦いに支障をきたすことは無く、生存への影響もほとんどないが、止まる所の無い食欲は消費しきれないほどのエネルギーを摂取し、内蔵を太らせる。
グリフォンのレバーは、天然のフォアグラなのだ。
その味はあらゆる美食家の垂涎の的だが、グリフォンを狙って狩ることなどほとんど不可能だ。
噂でのみ語り継がれる、まさしく伝説の食材である。
「そんなのもあるのか……」
吉仲は呆れたように呟いた。
全ての味を味わい分ける美食王の道のりは、予想より遥かに遠そうだ。
「ふふ、グリフォンの肝を食べた人なんてほとんどいませんから、チャンスじゃないですか。私もすごく楽しみです」
マルチェリテの言葉に、ガテイユが頷く。
王侯貴族ですら食べたことのある人間はほとんどいない。それだけの珍味には間違いない。
だが、ガテイユは怪訝な顔をしている。
「たしかに、グリフォンの肝の旨さは想像を絶すると聞きますな……しかし、逆に強すぎる味は課題の素材を台無しにするのでは?」
「たしかに……」
イサがリヨリの提案に乗らなかった理由もまさにそこだ。
グリフォンの肝による至上の美食を作っても、シーサーペント勝負では意味はない。
審査員達が、不思議そうな目でリヨリを眺める。