準決勝の食材
「それでは食材の発表です!……皆さんは多くの食材が手に入るダンジョンの恵みの中でも、ここ王都カルレラでのみ食べられると言われる食材をご存知ですか?」
司会の言葉に観客がざわめいた。リヨリがキョトンとし、イサは不敵な笑みを浮かべる。
入場口から何人ものスタッフが何か巨大な物体を台車に乗せ運び込んでくる。
「海底とダンジョンが直接繋がったことで濃密な魔力が内海に溢れ出し、魔物魚介の食文化が隆盛を極めたここ王都カルレラでも、最高の海の幸……」
高さは人の背の半分くらいだ。だが、数珠つなぎに次から次へとスタッフが入ってくる。
台車の列は何台も連なる。複数の台車に一つの物体を載せ運んでいるのだ。
「かつては行き交う船を沈める怪物として多くの人に恐れられ、ついには貿易港を穏やかで都の中心にも近い内海から荒れやすく遠い北端まで、遥々街ごと移すことになったという歴史もありました」
先頭のスタッフが中央に到達し、後方へ合図を送ると台車は停止した。
全長で十メートルは越えようかという、長大な物体だった。最後尾は、ようやく出入り口を越えた所だ。
「何隻もの船を沈められ、港は移設を余儀なくされ、それでも、その魔物の根絶は誰も考えなかった。……なぜか?」
司会がゆっくりと先頭の白い布に手を掛ける。
「……それは、美味すぎたからです!準決勝の課題は、古より人々を魅了してやまない王都カルレラの名物魔物!シーサーペント!」
叫びと共に白い布をめくり上げると、後ろに続くスタッフが続々と同じようにめくり、引っ張っていく。
白布の下には、龍と見紛う濃い青の巨大な魔物が鎮座していた。観客達がワッと叫び声をあげる。
まず目に着くのはワニのような巨大な顎だ、開けば人間など丸呑みだろう。口を閉じているが剣のように鋭い歯が飛び出ている。
首元には生々しい大穴が開き、そこで止めを刺されたのが分かる。
左右それぞれに三筋入った鰓から先は、掌のような巨大な鱗にびっしりと覆われていて、どんな武器も通らなさそうだ。
手足は無く、一抱えじゃ到底収まらない巨木の丸太のような身体が、ゆるやかなカーブを描き伸びている。
シーサーペントの成体だ。
まだまだ成長途中だが、量と肉の柔らかさを両立できる最高のサイズでもある。
「シーサーペントはこの一頭だけ、これを四人の料理人で分け合うことになります!」
「……リヨリ、残念だったな。これでお前には万に一つの勝ち目もなくなった。……課題ばっかりは俺にもどうにもできんしな」
司会の言葉の後、イサが呆れたように笑い、他の食材が置かれた棚に向かう。
魚介はイサの得意分野だ、魚介では未だ負け無し。シーサーペントは隅から隅まで知り尽くしている。
本気の勝負ではあったが、せめてシーサーペントだけは先にリヨリに選ばせるつもりらしい。
もっとも、どこの部位も四人で使ったとしてもたっぷりある。
「……ふふ、どうかな?」
リヨリは笑い、司会に話しかけた。
「ねえ、食材ってさ、今から人に持って来てもらっても大丈夫?ちょっと時間が必要だったんだ」
「え?ええ?まあ、食材持ち込みその物は問題ないですが、持って来てもらうのは……うーん……そうですねぇ……」
司会は悩みつつ、頷いた。
「……私の方で確認させてもらって、下ごしらえなどの明確な調理がされてなければ、助手ではないと見なし、良しとしましょう!」
「やった!下ごしらえとかは頼んでないよ!……そろそろ来ると思うけど……あ!来た来た!」
リヨリがアリーナの入り口に手を振る。筋骨隆々の大男が、抱えるほど大きな木箱を持ち入ってくる。
ゾートだ。さっきのダンジョンクローラーの一人だということは司会や観客にも分かった。
ゾートは木箱をシーサーペントの隣にそっと置く。それでも、かなりの重量がありそうに見える。
「まったく……人使いが荒いなお前は……」
「えへへ、ごめんね!ありがとう!ニーリは?」
置かれた木箱を開け、中身を司会が確認する。
油紙に包まれた中には、巨大な内蔵が収まっていた。下味をつけるには大きすぎるし、調理の跡は無いようだ。
「あの根暗な姉貴がこんな人前に出てくるワケないだろ?外で待ってるよ」
ゾートは苦笑しつつ、アリーナを見回し、シーサーペントを眺める。
「シーサーペントか、ずいぶん良いヤツ使うじゃねぇか。……リヨリ、負けんなよ!」
リヨリが力強く頷くと、満足そうにゾートは去っていった。
入れ違いに司会がリヨリに尋ねる。
「リヨリさん、これは……」
リヨリはにっこりと微笑んだ。
「捌きたての、グリフォンの内蔵だよ!」