再びの誓い
一騒動が終わったアリーナで、イサが、深く、深くため息をつく。
「……はぁ~……長かったぜ。……ここまで本当に長かった。ヤツキと決着が着けられればそれで良かっただけなのによ……」
視線を向けられたリヨリと吉仲は、突然のイサの言葉にキョトンとした。
「お前らを見つけたばっかりに、我ながら随分面倒なことをしたモンだ。二人を育てて、料理大会の開催を国王に働きかけて、挙句にグリフォン狩りとかよ……」
二人を眺め、今までの苦労を指折り数える。もう一度、深く、深くため息をついた。
それも全て、この日のためだ。
今やヤツキの技術に近づきつつある、ヤツキと同等かそれ以上の発想力を持つリヨリ。
まだまだ荒削りだが食通として舌を磨き、裁定する能力を開花させつつある吉仲。
もっと磨きたい気もしているが、もう待ち切れない。何より、料理大会の大舞台は蠱惑的過ぎた。
「リヨリ、本気の勝負だ」
イサの表情と声音に、リヨリもまた瞳に火が点る。真剣な顔でイサの言葉に頷いた。
「……え?ええ?このまま始めて大丈夫なんですか?」
司会はリヨリとイサを交互に眺めて尋ねる。
不思議な力で治癒したとはいえ、この二人は今までダンジョンで受けた重傷から復帰したばかりなのだ。
しかし二人は司会に目もくれず火花を散らす。
「もう、どうしようも無いみたいですねぇ。……吉仲さん、行きましょうか」
マルチェリテが呆れつつも微笑み、吉仲に手を差し出す。吉仲は戸惑いつつもその手を握った。柔らかな温もりが吉仲の手を包む。
「でもその前に……。その服は着替えた方が良さそうですね」
吉仲はようやく自分の服がどんな状態か気づいた。砂と泥に汚れ、血塗れだったのだ。
マルチェリテは柔らかく微笑み、吉仲を司会の元に連れて行く。
司会はマルチェリテの提案に安堵した。
イベント運営としては、一旦状況を整理し準備する時間が必要だったのだ。観客の休憩時間も欲しい。
仕切り直して三十分後から、準決勝を行うこととなった。
ナーサの銀の杖と鞄をマルチェリテに預け、スタッフが王宮へ吉仲を連れて行く。
身を清めた吉仲に、スタッフが衣装を渡す。
晩餐会で吉仲が着ていた明るい灰色の燕尾服だ。身にまとうと、晩餐会の時のような嫌な気分は無く、何か不思議な感動を吉仲が包んだ。
「……美食王……か」
スタッフに声をかけ、アリーナの審査員席へ戻る。
美食王になるというのは、今の自分にはあまりにも遠大な目標だ。
だが、歩いている内に、少しずつリヨリとイサの勝負に裁定を下す自覚が芽生えてくるような気もした。
「随分な大立ち回りだったけど……吉仲さん、身体は本当に大丈夫なの?」
吉仲を見つけ最初に話しかけたのはシイダだ。民の不満が収束したらしい今、吉仲を避ける理由は無い。
「深層に飛び込んで、グリフォンを無傷で倒したんですか……?」
「というか、吉仲、お前魔術師だったのか?」
ガテイユとベレリが後から続く。
ミジェギゼラとの因縁も覚えているし、噂の経緯も知っている。今それが落着したのも大体分かった。だが彼らにしてみれば、吉仲の謎は増えるばかりだ。
「はは……まあ、色々あってさ」
吉仲は椅子に座る。そのタイミングを見計らって、司会がアリーナの中央に立った。
「全部、後で話すよ。みんなには聞いてもらいたいしさ。……でも今は……」
三十分が経過していた。
「――さあ!休憩を挟みまして、準決勝の開始です!リヨリ選手、イサ選手、どうぞ!」
観客達の拍手の下、リヨリとイサが入りアリーナ中央で対峙する。
二倍近い身長差はまさしく大人と子供だ。だが、二人の間を取り巻く真剣勝負の空気は、今までのどの勝負より緊迫していた。
緊張感がアリーナ全体を包み、疲労を感じ、休憩で気が抜けていた観客達すらも引き込んでいく。
二人が、同時に威儀を正す。
「グリル・アシェヤ料理長代理、人呼んで“鯨波”のイサ!自らの腕と我が師から受け継いだ包丁に賭け、料理の味での勝敗に異論を挟むことなし!」
「リストランテ・フラジュ、料理長リヨリ。……初代ランズが興した店と、父ヤツキの名に賭けて、料理の味での勝敗に異論を挟むことなしっ!」
誓いの叫びと共に、アリーナが熱狂した。二人の気迫に、観客達が呼応したのだ。
リヨリとイサが示し合わせたように審査員席を見る。
「ほら!吉仲も!」
「せっかくだ、誓えよ」
吉仲は、ゆっくりと立ち上がった。燕尾服を着たせいか、背筋に力がみなぎるような気がする。
「……食通、須磨吉仲……多くの人が認め、信じてくれた自分の舌に賭けて、勝敗を厳正に審査する!」
熱狂する観客達が一際大きな声を上げた。




