居場所
マルチェリテがイサを見やる。
「トーリアミサイヤ王女の仰る通り、実力と風格を身に付ければ今回みたいな騒動にはなりませんよ。……今回は悪目立ちし過ぎましたね、ねえイサさん」
その表情は呆れつつも、いつもの柔らかなマルチェリテに戻っていた。イサはバツが悪そうに頭をかいた。
「あー、悪かった。さすがにここまで大事になるとは思わなかったんだ。考えが浅かったぜ」
なんの実績も無い若者を大舞台に立たせる。
そのための無理筋が祟ったのは、イサにしても不本意だったのだ。
「でも、一回食べただけで味は覚えるんですから、これからはもっと色々な食材を食べていけば良いですよね。吉仲さん?」
事も無さげに言うマルチェリテに、イサが頷く。
「そう。俺がここまでの骨折りをしたのはな、お前に勝負の判定をしてもらいたかったからなんだよ。お前の舌が必要だったんだ」
「え……」
「最後に一つ。お前、行き場が無かったんだろ?……お前の居場所は、そこだぞ」
イサが審査員席を指差す。三人の食通は、不思議そうに吉仲達のやりとりを見ていた。
彼らはとうに吉仲の実力を認めている。その吉仲が言い出したことに戸惑っているようだった。
「吉仲。私たちの勝負、審査してよ」
吉仲は、言葉に詰まった。ジッと見つめるリヨリ、微笑むマルチェリテと王女、そして真剣な瞳のイサ。
さっきまで吉仲を排斥しようとしていた観客達ですら、多くは吉仲に対して興味津々に眺めている。
「……分かった。やるよ」
息を全て吐き切るようにため息ををつく。
正直、自信は無い。だが、ここまでリヨリとイサに言われ、勝負の決着を他人に任せる気はしなかった。
それに、本当に居場所を見つけられた気もしたのだ。
王女が満足げに頷いた。
「よろしいですか皆様。彼の実力に疑いがある方もまだまだいらっしゃるでしょう!ですが、このトーリアミサイヤが彼の審査能力を保証いたします!」
観客達はざわめく。その時、どこか会場の片隅から拍手が鳴った。
「未熟な点があれば、主催者としての責任を持ってビシバシ矯正していきますわ!」
ダメ押しするようなその言葉で、拍手が少しずつ増えアリーナを包み込んでいく。
虚偽の噂で自分達を操ろうしたミジェギゼラが捕まり、王女は吉仲の力を認め保証している。
また、王女は吉仲の裁定で破れている。そして、王女はリヨリの勝利を認めている。
それらの事実は、人々に信用を感じさせるには十分だった。
もっともまだまだ認めていない人間も多い。だが、アリーナ全体で鳴り響く拍手は、大半の観客が吉仲を認めたことを示していた。
「……では、私達は参りましょう」
再度満足げに頷いた王女はメイドと衛兵、うなだれたミジェギゼラを連れて立ち去る。
結局、全て王女の掌の上だったなと吉仲は思う。だが、不思議と悪い気はしなかった。
颯爽とアリーナを後にする王女に、オリバーが話しかける。
「……しかしまあ、随分大仰なパフォーマンスをされたものですな王女殿下」
吉仲の審査能力に疑問を抱いている観客が多い限り、料理大会は成り立たない。
オリバーはここで吉仲が降りるのも止む無しと考えていたから、王女のパフォーマンスとこの結果には驚いていた。
「民の心が離れた時、上手く引き戻すのも王族の能力であり、それもまた責務ですわ。それに、吉仲さんには料理勝負の審査を続けてもらわなければなりませんもの」
「……随分、あの男に入れ込んでいらっしゃる」
微笑む王女に、オリバーは呆れたように頷いた。
「当然です。私の料理の欠点を指摘し、そのままいなくなることなど許されませんわ。私が腕を磨くように、彼には舌を磨き続けてもらわなければいけません。そうでなければ、リベンジマッチも果たせませんもの」
食通の言葉は、料理人に響いてこそ価値がある。
料理人が真の美食の頂に到達するため、有用な舌と言葉を持つ者こそが食通なのだ。
王女は、その稀有な力を持つ吉仲を手放す気は無かった。
トーリアミサイヤ王女は甲冑を着たオリバーに優雅に微笑んだ。青い瞳に星が瞬く。
随分と厄介な相手に目を着けられたな。オリバーはフルフェイスの兜を身につけていることに安堵しつつ、吉仲に心底同情した。