説得
観客が押し黙り、吉仲とトーリアミサイヤ王女を見つめる異様なアリーナに、リヨリとイサがアリーナに入って来た。
リヨリとイサはボロボロだった服を着替え、真新しいコックコートを着ている。リヨリは手ぶらだが、イサは布が巻かれた短い板のような物を持っていた。
「おっ!イサさんに、リヨリさん、傷は大丈夫なんですか!?」
王女と吉仲達のやりとりを見ていた司会が二人に気づき駆け寄る。
グリフォンを倒しリヨリの傷が癒える所までは、ミジェギゼラが用意したビジョンズの魔法生物で中継されていた。だが、それ以降はマルチェリテとナーサがアリーナのビジョンズのコントロールを取り戻したことで映像が切れたのだ。
ビジョンズ越しにリヨリが立ち上がる所は見えたが、ボロボロのその姿が回復したようには見えなかった。
リヨリは胸を張り、傷口があった場所に手を当てた。
「うん、バッチリ!何も問題無いってヒーラーのおばあちゃんにお墨付きももらったよ!」
イサも頷いた。
「……で、これは何をしている所なんだ?」
アリーナの真ん中に、吉仲とマルチェリテ、王女とメイド二人、二人の衛兵と衛兵に睨まれたミジェギゼラが立っている。
入る前に入り口横に立つナーサから大まかな話は聞いてはいるが、イサとリヨリはまだ完全に状況を掴めずにいた。
「困ったことです。吉仲さんが審査を降りると言い出しまして……」
心底困ったという風情で、王女がリヨリとイサに語りかける。
「……俺が審査員なんてやったばかりに、リヨリを危険に晒したんだ。もうできないよ」
吉仲の言葉に、リヨリとイサが戸惑う。
「例の噂の話でしょ?別に吉仲のせいじゃないじゃん!私は別に吉仲に怒ってないしさ!」
リヨリの声にイサが頷いた。
「そうだぜ?今までの審査で確信していることがあるが、今、都の食通の中で一番料理を見極められるのはお前だ」
「それでも……もう……」
元々、料理勝負自体乗り気ではなかったのだ。成り行き任せでここまで来たに過ぎない。
楽しいこともあったが、勝敗を宣告するのは楽しいことばかりじゃない。
吉仲の様子を見つめ、考え込んだリヨリが頷く。
「……うーん……そっか……じゃあ、吉仲が降りるんなら私も降りるよ」
リヨリの言葉に吉仲は驚くが、それ以上に驚愕したのはイサだった。
「……え?なんで?俺さえ審査員を止めれば、リヨリが料理するのは別に良いだろ?」
吉仲とミジェギゼラの因縁は晩餐会が発端だ。今回のリヨリは巻き込まれただけだと吉仲は思う。
「いやー、私も吉仲の舌を信じてるんだよ?イサさんに負けるにしても、他の人に負けを言い渡されるのは嫌だしさ。……それに、吉仲を犠牲にして、私だけが都で一番の料理人目指すのも違うかなって」
「俺を犠牲にって……巻き込まれたのはリヨリだろ?」
吉仲が審査をしなければ、リヨリは危険な目に合わなかった。
だが、リヨリはその言葉に怒りを見せる。
「違うよ!最初の料理勝負の審査から、私の勝負に巻き込まれて来たのは吉仲じゃん!」
リヨリの言葉に、吉仲は衝撃を受けた。
イサに言われたこともあるとはいえ、リヨリから見ればただの行き倒れに長いこと勝負に付き合わせていたのだ。リヨリにもまた、思う所があった。
「……で、でも、また変な恨みを買ったら……」
しどろもどろに言葉を続けようとする吉仲を、リヨリがジッと見つめた。決意は固い。