味わう力
肩で風を切り、威風堂々と王女はアリーナの中央で胸を張る。
メイド二人が後ろに控えた。二つの銀の盆の上にはそれぞれドームカバーがなされ、中身は見えない。
「お、王女様……?」
吉仲は訳も分からないという顔で王女を見つめる。少なくとも、すんなり帰してくれるつもりは無さそうだ。
王女は深くため息をつく。
「――吉仲さん。貴方は自分に資格が無いと仰いましたが、そんなことはございません。私の料理の欠点を指摘した、貴方にはその力があるのです」
王女は吉仲に指を突き出し、高らかに宣告した。観客達は押し黙った。
「一回食べた食材と、その違いが分かるだけ。非常に結構なことですわ、審査にそれ以上の能力は必要ありません。些細な違いから優劣を付ける、それが食通と呼ばれる者です。貴方の舌は料理人のためになるのです」
吉仲は首を振る。
何を言われようと続ける気はしない。今回は、リヨリを殺しかけたのだ。
「……でも」
「誰かの恨みを買うことが、そんなに怖ろしくて?」
「違う。その恨みが誰かを傷つけるのが嫌なんだ」
「それならば、相応の風格と実力を身に付ければよろしい。今回みたいなことを起こさないようにする方法は、すごすご逃げて、諦めて生きていくことじゃありませんわ」
王女は、相も変わらず自信に満ち溢れていた。
吉仲は目を逸らす。
王女の瞳の青い輝きは、人をその気にされる不思議な力がある。吉仲がそのまま歩き去ろうとするが、王女は道を塞いだ。
「能力を持つ者が意味も無く諦め、隠遁する。私、そういうことは許せませんの。能力には、相応の権利と責務が付随しますもの」
吉仲が答えないでいると、王女は指を鳴らした。二人のメイドがそれぞれの盆を開ける。
盆の中の皿には、二切れずつ、焼かれた肉片が載っていた。
「ミジェギゼラ、貴方も食べなさい。当てた方が審査を続けるのです。……そうですね、当てられれば貴方が起こした罪も一先ずは保留としましょう。結果次第では情状酌量を認めてもよろしい」
ミジェギゼラがキョトンとした顔で王女を見つめる。
王女の顔を見つめることは非礼に当たるが、ミジェギゼラは最早そんなことを気にしてはいない。
「……先に答えなよ。アンタが当てれば俺の負けで良い」
吉仲がため息をついて、ミジェギゼラを促す。なんの理も示さず王女の自信を突き崩すのは無理だと悟った。
一方、挽回のチャンスを与えられたミジェギゼラは、勢いよくメイドが持った皿の肉にかぶりつく。
「んぐ……う……う……」
吉仲も、ミジェラギラが離れたのを見計らってメイドの皿から肉を食べる。
「……ん……う……あ!アックスビークだ!そうでしょう!」
ひたすら狼狽するミジェギゼラに、吉仲は心底呆れたようにため息をついた。
「ヒポグリフだよ。アックスビークとは全然違う」
うんざりしたような吉仲に、ミジェラギラは驚愕の視線を向ける。
「吉仲さん、正解です。では、こちらはどうでしょう?」
トーリアミサイヤ王女が、別の皿を差し出した。
こちらも肉が一切れ、パッと見では今食べたばかりの肉と見分けがつかない。
吉仲は味わい、不思議そうな目で皿を見つめる。
「ん……同じヒポグリフの肉だろ、何が変わったんだ……って……いや違う、全然違うぞ。こっちの方がはるかにうまい」
トーリアミサイヤ王女が微笑んだ。そして、ミジェギゼラにも食べるよう促す。
「この違い、お分かりになりますか?」
ミジェギゼラは何かを言おうと口をパクパクと動かす。
二つ目の方がうまいのは分かる。だが、彼には最初に食べた料理との違いが何一つ分からなかった。
焼き加減か、味付けか、まさか肉の部位や切り方か?
ミスは許されないと思えば思うほど、何もかもが違ってるようにも感じ、逆に何一つ変わらないようにも感じる。言葉が出てこない。
「……塩の量だな。塩が……うーん……ひとつまみの四分の一くらい少ないんだ。それが料理の味を引き立てる、ちょうど良い塩加減になっている。噛むたびに肉の風味がよく出ているよ」
諦めるように答えを言った吉仲に観客はざわめく。トーリアミサイヤ王女は吉仲の言葉に頷いた。
「ご名答。最初に食べた物はかつて私が作ったステーキ。次に食べた物は宮廷料理長コクトーに同じことを指摘され、塩加減を修正した物です」
王女は皿をメイドに渡し、観客席全体を仰いだ。
「いかがです皆様!重要なのは地位や権威ではありません、料理の些細な違いを味わい分け、より良い物を選べる能力。彼にも食通の資質が十分あると思うのですが!?」
観客がざわつく。
二問続けて外したミジェギゼラは目を白黒させるばかりだ。場の空気のせいで慌てて外しただけだ、という言い訳は頭には浮かんでいるが、一向に言葉にならない。
王女は吉仲に向け、柔らかく微笑んだ。
「どれだけの人が自分の味覚をよく知らずに生きていることでしょう。貴方は、料理人のために審査を続けなさい。厳正な裁定こそが、料理人のためになるのです」
「俺は……」
不意に、自信に満ち溢れた王女の瞳に見据えられる。満面の輝く星の奥は、吸い込まれるような、深い、青い輝きだ。
マルチェリテも、オリバーも、食通や司会や観客達も押し黙っていた。