商人
リヨリは勢い良く立ち上がり、美女に向かって早足で近づく。
「違うよ!ナーサさんいらっしゃい!」
ナーサと呼ばれた美女はリヨリに微笑みかけ、吉仲に話しかける。
「見ない顔ねぇ?お客さんでも無さそうだし、リヨちゃん彼氏できたぁ?」
「それも違う!吉仲は、……えーと?……あれなんだろ!?居候?」
怒ったり考えたり慌てたりと忙しいリヨリに動じる様子も無く、手近な椅子を引き寄せてナーサは座った。
「ふーん、訳ありみたいねぇ」
ナーサは微笑みを崩さずに吉仲の髪に触れる。吉仲にナーサの不思議な香の香りが届き、吉仲はドキドキした。
「お近づきの印にこれどうぞぉ、そのまま飲んでみて」
鞄の中に手を突っ込み、包み紙を取り出し、さらにその中の濃緑色の丸薬を渡す。
受け取った吉仲はマジマジと見た、怪しさ満点だ。思わずカチを見ると、同じ物を何事も無かったように飲み込んでいる。
吉仲は意を決し目をつぶり飲み込んだ。口の中に爽やかなミントの香りが残った。
「ふふふ、毒じゃないわ」
少しの間の後、満腹感が治まり、心なしか身体か軽くなる。
「うむうむ、さすがの薬の腕じゃのう。ナーサよ」
「……薬?……薬剤師?」
「薬なんて大層な物じゃないわぁ。ちょっとお腹をすっきりさせるだけ」
ナーサは二人に微笑みかけ、立ったままのリヨリに説明するように促した。リヨリがお茶を持ってくる。
「……へぇ、ずいぶん面白そうなことはじめたのねぇ。もっと早く来れば良かったわぁ」
リヨリと吉仲から一通りの事情を聞き終えたナーサはニンマリと笑った。
その表情には、単純に面白そう、以上の何かがありありと出ている。
「そういうことなら、このナーサおねぇさんも可愛いリヨちゃんのために一肌脱がないとねぇ」
ナーサはゆったりとした所作で、鞄を持ち上げる。
大きく重そうだが、ナーサは特に力を込めた様子も無い。
「そういえば、ナーサはどういう関係の人?」
吉仲はリヨリとナーサに聞いた。
「あらぁ?吉ちゃん気になるのかしら?」
「よ、吉ちゃん?」
クスクスと笑いナーサはからかう。
吉仲はドギマギした。リヨリはナーサと吉仲のやり取りを怪訝そうな目で見つめる。
「何その態度?いつもお世話になってる行商人だよ?」
「……行商人?」
吉仲には商人には見えなかった。もちろん薬剤師にも。ただ、魔女には見えた。
「……魔女とかじゃなくて?」
「ふふふ。そう、魔女行商のナーサよぉ。よろしくねぇ」
鞄の留め金を外して、少し鞄の口を開けた途端、中の品物が勢い良く飛び出してきた。
調味料、乾燥食品、調理器具、その他店に必要な物が空中に浮かぶ。鞄の中にはまだまだ物が溢れているにも関わらず、外に飛び出た品物だけで鞄の容積をはるかに超えている。
吉仲は圧倒された。魔法があるという話は聞いていたが、間近で見るのは初めてだった。
もっとも、現実味が無く驚くべきイリュージョンにも見えたが。
「魔女貨幣、ジャストタイミングじゃのう」
「あ、そうだそうだ。コレもらったばかりだった」
リヨリとカチは、鞄のイリュージョンに慣れた様子で魔女貨幣を持ち上げる。
「あれぇ?リヨちゃん魔女貨幣なんて持ってたっけぇ?珍し……」
魔女貨幣にナーサが触れる、光の文字が浮き上がった。
「……えぇ?何この額?」
「えーと……たった今、新しいオーナーにもらった、のかな?」
ナーサは驚きを通り越して呆れ果て、リヨリも首を傾げた。
「ふふ、何それ?……まあいいわぁ。お得意様がお金を持っている。行商としては、それ以上のことを考える必要は無いものね」
ナーサが笑いながら鞄に触れると、新たな品物が次々と飛び出てくる。店中を埋め尽くす勢いだ。
「この期にじゃんじゃん買ってもらわらないと、普段買えないような珍味もたくさんあるわよぉ?」




