二つの処断
締め上げられたままのミジェギゼラは吉仲を見て、発狂したように叫び出す。
「吉仲!貴様どの面下げて戻ってきた!なぜグリフォンに殺されなかったのだ!?……ウッ!イテテテ!」
暴れるミジェギゼラを口髭の近衛兵が捻り上げる。もはや身動きが取れない状態だ。
「――噂の主は、こちらのミジェギゼラさんです。吉仲さんを貶めようとした張本人で、噂の呪術と憤怒の魔術を用いて皆さんの心を支配しました」
マルチェリテが冷たい瞳でミジェギゼラを見る。吉仲は、マルチェリテの怒りを理解した。
冷徹その物に見えるマルチェリテだが、心底怒っているのだ。
<術師と一緒にいるかと思ったけどいなくてぇ……アリーナに隠れていたみたいねぇ。術師の方はマルチェちゃんにあんな感じで怒られて、すぐに観念したわぁ>
「なるほどな……なんでアリーナから逃げなかったんだ?」
その呟きにミジェギゼラは今にも噛みつきそうな顔をする。呆れた声でオリバーが答えた。
「最初から逃げるつもりなんて無かったんだろうさ。策謀を巡らすお前達を白日の元に暴き、都の民に殺させて、真実と平和をもたらした英雄として迎えられる。そんな筋書きだったんだろう?」
ミジェギゼラは何も答えない。怒りの表情で吉仲を睨みつけたままだ。
「レディ達が解呪に成功し観客達が戻り、吉仲達がグリフォンを倒す一部始終はビジョンズに映し出されていた。そして、その時点だと彼らがもう巡回を始めていて逃げ場は無かった。入ってくる観客の流れに反して出て行くのは目立つからな」
オリバーが髭の近衛兵を指差す。オリバーは近衛兵の制服こそ着ているものの、近衛兵ではない。
事情を知る兵隊に混じって独自に動いていただけだ。
「全て貴方が計画したこと。吉仲さん、リヨリさんとイサさんが策謀を張り巡らせているのは嘘。嘘で都の人々の心を操り、自分の意のままに操ろうとした。申し開きはできませんよね?……釈明があるのであれば、今した方がよろしいかと」
マルチェリテが頷き、観客達のどよめきが一層強くなる。だが、誰もが狐につままれた気分だった。
自分の吉仲への怒りが、全て操られて出来た物だって?そんなはずはない。そう思う者も多かったが、不思議なことに怒りは雲散霧消している。極端な疲労のせいかもしれない。
ミジェギゼラの憤怒の形相が頂点を極め、絶望に変わる。ついに折れるように、首をガックリと落とした。
「……私は……どうなるのだ」
「呪術と魔法道具の悪用による煽動の罪は重い。料理人二人を殺害する目的でダンジョンに追いやったことが証明されれば、その罪も上乗せされる。しかるべき場で裁かれ、それなりの刑罰を受けるだろうな。」
髭の近衛兵が答える。もっともミジェギゼラは言われるまでもなくその法も知っていた。だが事が成れば緊急時の対処として有耶無耶にする自信もあった。
ミジェギゼラは最早自力で立ててはいない。近衛兵に掴まれた腕以外は、ぐったりとしている。
<これにて、一件落着ねぇ>
「……いや……マルチェ。俺にも良いか?」
吉仲がマイクを受け取り、少し考え話し始める。
「……いいか、みんな。……本当はみんなの言う通りだ。俺に美食王なんて呼ばれる資格は無いんだ」
どう言うかは迷っていたが、喋り始めると審査の時と同様にスラスラと言葉が出てくる。
「一回食べた食材と、細かい味の違いが分かるだけで、他の食通みたいに審査する能力なんて俺には無い。……噂は嘘っぱちだけど、俺は権威ある食通なんかじゃないんだよ」
観客達がざわめいた。だが、力を持つ野次にはならない。
「今までだって思ったことを言ってただけだ。それがこんなことになった……俺は降りるよ」
「そ!そうだ!お前がしゃしゃり出なければ!全てお前が悪いのだ吉仲!」
泣き喚くミジェギゼラの声に、観客がどよめく。
吉仲がマイクをマルチェリテに返し、アリーナから出ようとした瞬間のことだ。
白い人影がアリーナの中央に立つ。
「お待ちなさい!」
トーリアミサイヤ王女が、銀の盆を持った二人のメイドを従え入って来た。