種明かし
吉仲が振り返ると、マルチェリテが門の陰から現れる。
「……ああ、マルチェ。こっちは大丈夫だ。二人とも無事だよ、今は念のため身体を調べてもらってはいるけど」
マルチェリテがホッとため息をつき、厳しかった表情が緩んだ。
しかしすぐに、スッと表情が消える。吉仲は戸惑った。
そのまま迷いなく歩き出すマルチェリテを先導にされ、吉仲も審査員席に向かい歩く。
「マイクをお借りしてもよろしいでしょうか?」
マルチェリテの声に、司会が恐る恐るマイクを渡した。
今まで都の誰も見たことの無い、感情のこもっていない無表情のマルチェリテだったのだ。
理知が全てを支配し、無意味な感情を切り捨てる、まさしくエルフの顔だ。
普段常に微笑みを浮かべているマルチェリテの無表情は、それだけで人々に畏怖を与えるのに十分だった。
「皆さん、お加減はいかがでしょう?さっきまで訳も無い激情に駆られていましたから、あまりよろしくはないかと思います」
放心状態の観客から、静かなざわめきが起こる。
「吉仲さんが食通と料理人を支配し都を手中に収めようとしているという、根も葉も無い噂はご存知ですね。そして、皆さんは噂に怒り、吉仲さんを攻撃しようとした」
口調その物は普段の物腰だ。だが、柔らかさが存在しない。事実を淡々と述べるだけの硬質な声だった。
<……リヨちゃんとイサさんは無事だってぇ?>
どこか冷たいマルチェリテの声に居心地の悪さを感じていた吉仲は、自分の耳元の囁き声にホッと安心する。
門の陰にナーサの姿を見つける。吉仲は、ナーサに向けて微かに頷いた。
吉仲の反応にナーサもホッとため息をつく。
「それら全てが……噂も、皆さんの怒りも、全てが誰かが思い描いた行動だとしたら?」
マルチェリテの言葉に、ざわめきが大きくなった。
<こっちも終わったわぁ。面倒な呪術だったけどねぇ……>
「……呪術?」
吉仲の呟きに、ナーサが頷く。
<噂その物が一つの呪いで、対象への敵意を煽る力を持つ。……吉ちゃんを知らない人達は、それだけで訳もなく吉ちゃんに怒りを覚えるのぉ>
吉仲は今までを思い返す。たしかに、噂は伝染病のように瞬く間に広まって行った。
<ダメ押しがさっきのビジョンズ。魔力で光を放つビジョンズは、悪用すれば見ている人間の情動を増幅させる力がある。吉ちゃんへの怒りが爆発したのは、そのためねぇ>
吉仲への怒りを仕向ける一連の映像が、観客達が抱える不満に火を付けたのだ。
「ミジェギゼラさん。こちらにいるんでしょう?出て来てください」
マルチェリテが、観客席全体をゆっくりと見回した。その身のこなしは機械のようだ。
観客達は不思議そうに互いの顔を見回す。ワッと声が上がり、近衛兵が逃げ出そうとした男を取り押さえた。
王の安全を確認した後、一部が警備のためアリーナを巡回していたのだ。
そのまま、一人の男が締め上げられつつ、近衛兵と共にアリーナまで降りて来た。
フードを目深にかぶっているが、ギラギラとした目に吉仲は見覚えがあった。ミジェギゼラだ。
近衛兵は二人。近衛兵の軽鎧に身を固めている。
片方は口髭を蓄えた真面目そうな中年、もう片方はフルフェイスの兜で顔が見えない。
ミジェギゼラを相棒に任せ、フルフェイスの方が吉仲に近づいて来た。吉仲が警戒する。
「……俺だよ、オリバーだ。ミジェギゼラを張っていたのさ」
吉仲は驚いた顔でフルフェイスをまじまじと見つめた。