治癒
液体を飲んだリヨリの身体が、ビキビキと軋む。止まりかけていた心臓が、急激に脈打ち始めた。イサが巻いた布越しに、血が飛び散る。リヨリの身体が熱くなり、吉仲も汗をかき始める。
「リ、リヨリ!?」
まさか、失敗したのか?吉仲は急に心配になった。だが、今更何かができるわけもない。
せめてリヨリの身体が地面に打ち付けられないよう、しっかりと抱きしめる。
「……う……」
吉仲の腕の下で、かすかなリヨリの声がした。
「リヨリ!」
「……吉仲?……苦しい……」
「苦しい!?苦しいのかリヨリ!?」
リヨリの微かな声を聞き、吉仲がリヨリを強く抱きしめる。
悪いことをしてしまったという自責の念が起こる。
目から涙が溢れて来た。身体が震える、リヨリが震えているのかもしれない。吉仲にはもはや区別がつかなかった。
「……あ、いや、うん。……苦しいから、早く離して」
今度の声は、はっきりと聞こえた。
その言葉を聞いた吉仲が、思わず身体を離す。わっと声を上げリヨリは尻餅をついた。
「エ、エクスポーション?どうして……?」
「……なんだ?今の光は……?」
ダンジョンクローラーは目を見張り、呟きを発した。後ろで魔術師の若者と残っていたイサも、追いついて吉仲に尋ねる。
リヨリに意識が向いていた吉仲に、その呟きも質問も聞こえなかった。
「無茶……しすぎだぞ……」
「へへ、ごめんね……グリフォンの生命力があんなに高いなんて思わなかったよ……」
無視される形になったダンジョンクローラーが、二人の間に入る。
「き……傷は?致命傷では?」
リヨリが傷口に手を当てる。
血塗れの布を剥ぎ取り、肌についた血を拭った。熱を持った大きなかさぶたのような手触りがする。
押すと少し痛みがあるが、触っただけでは特に何も感じない。
「塞がってる……のかな、多分。痛みもあんまり……」
「リヨリ!ばーさん連れてきたぞ!……って、あれ?」
ゾートが老婆を抱え、ニーリと共に飛び込んできた。ダンジョンに入った少女が重体と聞き、いてもたってもいられなくなったのだ。
先遣隊が魔物を倒し安全を確保したため、負傷で本来は入れない彼らにも許しが下っている。
だが、肝心のリヨリは服こそ血塗れだが、普通に立ち上がり二人を不思議そうな目で見ていた。
ヒーラーの老婆がゾートから降り、無言でリヨリの傷を見る。
「ふむ……傷が塞がっておる。塞がりたてという感じだが、問題はあるまい……誰か、エクスポーション持ってたのかい?」
ダンジョンクローラー達の視線が吉仲に集中した。
「あー……えーと……」
老婆が吉仲をまじまじと見つめ、その手に握られたおたまに視線が止まる。
「……まあ、詳しい話は後で聞こうか。これを使う必要も無かったというわけだ……あ!これ!」
老婆が懐から黄金色の液体を出すも、イサがそれをひったくって飲み干したのだ。
彼の手足もかなりの深手だったが、エクスポーションの効果で傷が塞がる。
意識が朦朧としていたリヨリと異なり急激な細胞分裂による激痛が走るが、ほとんど戦士と大差無い戦う熟練料理人には耐え切れる痛みだった。
少し待ち、イサが手を握り、脚を振る。傷は完全に癒えていた。
「ほう、こいつはすげぇ。噂以上だな」
「これ!お前の傷は自然に癒えただろう!」
「悪いな婆さん。それより、早く戻ろうぜ」
老婆の怒りをかわすように、イサが意地の悪い笑顔を浮かべた。