エクスポーション
吉仲とイサがリヨリに駆け寄り、グリフォンの身体に埋まったリヨリを引っ張り出す。
グリフォンは絶命し、ピクリとも動かない。
「あ……ああ……」
最期のグリフォンの一撃はリヨリの右肩口を貫いた。
引っ張り出されたリヨリの右肩は真っ赤に染まり、大穴が空いている。
「おい!リヨリ!リヨリ!」
イサの呼び掛けに、リヨリは力無く微笑んだ。
「……イサさん……ごめんね、決着……着けられなくて……」
「馬鹿!今は黙ってろ!」
イサが傷口を縛る。だが、血は止めどなく溢れ白布を赤く染めた。イサの身体も傷だらけだ。
二人の血で、見る見る血溜まりができる。
「大丈夫か!?」
「グ、グリフォン!?」
複数のダンジョンクローラー達が部屋に雪崩れ込んで来た。彼らも全員ボロボロだ。
パニックになった魔獣達と決死の勝負を繰り広げ、切り抜けて進んできたのだ。ニーリとゾートはいない。
「リヨリを助けてくれ!」
吉仲に乞われ、リヨリを一瞥したダンジョンクローラーが目を顰めた。
いくらなんでも、傷が深すぎる。
「そうだ!この中に何か無いか!?」
吉仲は諦めず、鞄の中を見せる。別のダンジョンクローラーが鞄を漁る。だが、すぐに首を振った。
「……さすがに、この傷を癒すのは……とにかく、すぐにヒーラーを!エクスポーションを持ってこい!入り口まで運ぶぞ、後詰めに通達を!」
その男の叫びで、魔術師の若者がビジョンズの魔法生物に取り付く。すぐにダンジョン監視室に知らせが届き、命令が遂行されるだろう。
二人の戦士が手持ちの武器と布で担架を作り、リヨリを載せる。そして、最後の一人が元来た道を走り出した。
「エ……エクスポーション……?」
運び出されるリヨリに、吉仲と命令を出した男が着いて行く。
吉仲の言葉に、ため息をついた。
彼の見立てでは、最速で命令が遂行されたとして、それでも間に合わない可能性の方が高かった。
「ああ……現代のポーションの力は弱い。急速に傷を癒すのが常態化すると、かえって身体に悪いからな。……だが、命に関わる怪我は迅速に治療しなければならない。だから、ダンジョンクローラー限定で使われているんだ。専門の薬師である、ヒーラー以外には持てない規則だが」
ダンジョンクローラーの中でもヒーラーの数は極端に少ない。突発的な事故が起こる確率自体が下がっているため、エクスポーションの需要も少ないからだ。
医師としてダンジョンに常駐はしているが、深層まで来るには時間が掛かる。
「……つまり、ポーションが強力になった物か?」
吉仲の言葉に彼はもう一度ため息をつき、頷いた。
すでにリヨリの目は虚ろになっている。それを知った所で、ヒーラーの到着が早まるわけがない。
「……そうか、じゃあ……一か八かだ……!担架止めてくれ!」
吉仲がポーションを取り出し、リヨリの回復を祈り、思い切りおたまを突き立てる。
魔法薬に魔法式は含まれていない、当然、暴走しようも無い。それは、吉仲にも分かっていた。だが、何もしない訳にはいかない。
一瞬、静寂が辺りを包む。
ダンジョンクローラー達が怪訝な瞳で吉仲を見た。彼には吉仲の行動が理解できなかったのだ。
その時、閃光が走った。
これだけの戦いを繰り広げてもなお魔力切れを起こさないほど濃密な深層の魔力がおたまに流れ込み、吉仲の意思に呼応する。
集約した魔力は黄金の光に変わり、ポーションに流れ込んだ。
吉仲は直感的に理解する。魔法薬が変成したわけではない、魔力その物が変化したのだと。
「な……なんだ……!?」
ダンジョンクローラー達が驚愕の瞳で吉仲の手の輝きを見る。
彼らにも見たことのない、強い輝きだった。
「これで……リヨリ!」
光が収まる。吉仲の手の中のポーションは青から黄金に色が変わっていた。
吉仲の剣幕に押され、二人の屈強な戦士は担架を下ろした。
吉仲がリヨリを抱き抱える、手に、服にべったりと血が着いた。
吉仲は半狂乱だ。それでも、慎重にポーションを口に注ぐ。
リヨリの身体が、ビクンと跳ねた。