謎の美女
リヨリがカウンターに近づき、石を持ち上げる。
「なになに?砥石?魔女貨幣?」
光沢がある乳白色で、大理石の石板のようにも見えるが、軽石並に軽い。
魔女貨幣だ。
通常それぞれの国で発行している紙幣や貨幣があるが、大多数の人間、特に国境近くに住む者は、国境に縛られず生きる魔女達が作り出した魔女貨幣を使っている。
人のオーラを媒介に通貨の情報をやり取りする、全世界共通の貨幣システムだ。
魔女達に手数料を支払うと、手数料に応じた金額が石板に書き込まれる。
そして石板同士でのやり取りで金銭の支払いや受け取りができる。
リヨリが石板に触れると、石板がほのかに輝き文字を示す。金額を表すこの世界の数字だった。
「え!?こんなに?」
そこに記されていた額は、悠に数ヶ月は遊んで暮らせるほどの額だった。
「オーナーからのお給料、だそうです。良い食材を仕込むのに使えとのことです」
「……お給料……ねぇ、うん、まあありがたく使わせてもらうよ」
リヨリは口では微妙な雰囲気を出そうとするが、その顔は満面の笑みだ。
これで色々買える、老人たちの食費だけでは店を賄うのは正直難しかった。トーマも微笑みながら出口へ向かう。
「では、私はこれで」
「もう帰るの?お店は手伝ってもらうけど、明日までゆっくりしてけば?都の新しい食材の話もっと聞きたいし」
「ふふ、師からは勝っても負けてもすぐ戻って来いと言われました。あまりリヨリさんに情報を教えるなとも。私はお人好しらしいですから、これから送り込まれるライバルの情報も教えかねませんしね」
「え!?知ってるの?」
「私に発破をかけるために、イサ師の知人の料理人の名を言われただけですよ。錚々たるメンバーでしたが、私もその中に入り込める実力はあるのだと……おっと、早速喋り過ぎましたね」
トーマは笑いながら、入り口に立つ。来た当初の張り詰めた空気は無く、清々しい表情をしている。
「気をつけて帰れよ。また美味いモン食わせてくれ」
「ええ、次は私が驚くような料理を作ってみせます。それではまた。次は、負けませんよ」
「私だって負けないよ!」
リヨリは大声で笑った。
「それでは、また」
来た時と同じく、折り目の正しいお辞儀をしてトーマは店を出ていった。
勝負から、二時間ほどが経過した。
「いやはや、今回も良い勝負だったのう」
「ああ、白熱してたよ。しかし乾燥スライムねぇ、そんなもんが食えるとは思わなかったな」
「本当だよー。知らない材料でどうしようかと思ったもん」
老人達も帰り、残ったカチと吉仲がお茶を飲んでいる。リヨリも仕事の手を休め、お茶の輪に加わっていた。
「しかもそのスライムを麺にして食うとは思わなかったなぁ。そろそろ小腹が空いても良い時間帯なのに、まだ満腹感があるよ」
吉仲は腹をさすった。カチは同感を示すように頷いた。
「今晩は晩飯無しでも良いくらいだの……おや?」
入り口が見える位置に座るカチが最初に気付いた。来客のようだ、ゆったりと扉が開く。
「どーもぉ、リヨちゃん元気ぃ?」
入り口の前に、気だるげな美女が立っている。
ウェーブのかかった濃い紫の髪は光を反射し艶やかに輝き、大きなフードで受け止められている。全身に黒装束をまとっているが、身体の各部に身に付けた金細工のアクセサリーが身体のラインを浮き立たせてどこか色っぽい。そして、細身の身体に似つかわしくない大きな革の肩掛け鞄。
三人の視線が美女に集中した。
「……またやるのか?一日二回戦?もう入らないんだけど……」
吉仲が、美女を見て呟いた。料理人にはとても見えない。美女は、クスクスと笑った。




